-桜色に染まりし姫君-

□#Cinque【Amici d'infanzia:Prequel】
1ページ/5ページ




「…いい匂いだ」


「あぁ、たまんねぇ!」


「これよりウマいもんなんて、世界のドコ探してもそうあるもんじゃあねェよ…」


「レガーロの神秘だな…」



食堂へ集った幹部達の、鼻腔をくすぐる甘い香り。


それはレガーロ島に住む人間の大半が好む、あるドルチェ。

レモンを主流とした甘酸っぱいクリーム。

サクサクパリパリの香ばしいパイ。

その名も【リモーネパイ】


甘いものが好きなノヴァはもちろん、逆に苦手なデビトでさえも 喜んで食べるのだ。


今食堂にいるのは、ルカ・フェリチータ・ウィディーエを抜いた幹部達+α(リベルタ)

姫君はどこかというのは置いといて……ルカとフェルは厨房で準備中。


甘い香りの途切れぬ間に、扉は開かれた。



「皆さん、お待たせしました」



ルカの一声と共に、ワゴンが机に運ばれる。

のっているのはクロッシュ(銀のドーム型蓋)が被せられた大皿。

まるで料理番組のように蓋を開けると、綺麗な形に仕上がったクリームが目を引く リモーネパイ。



「リモーネパァイ!」


「店に並べても遜色のない出来…」



パーチェが椅子から立ち上がり、ダンテも惜しみなく賞賛。



「今日は、お嬢様にも手伝ってもらったんです。

 味わって食べて下さいね?」


「「「おぉ〜……いただきまーす!」」」



フェリチータが作った(手伝った)と聞いた男達は沸き上がり、みんな揃って いただきます。



「おいひぃー!」



口いっぱいにパイを頬張るパーチェ。



「おォいルカ、これじゃ少なくねぇか?」



自分の皿に盛られたパイを突き出し、足りないと主張するデビト。



「確かに…」



それに同意する甘い物好きのノヴァ。



「そうだよ、もっと食べたいよ!

 あ! ほら、そこにあるじゃん! いっただき〜♪︎」



皿をかじってまたまた主張するパーチェだったが、ルカの近くにもう1つの皿と、リモーネパイのひと切れ。

彼の目を盗み、ヒョイッと取り上げる。



「あぁもう、だから味わって食べて下さいって言ったじゃないですか!

 …って、ああ!! それは───

「いっただっきま〜───」



ルカの言葉を遮り、パーチェのいただきますが響こうとする。



‘ほぉ〜? そうか、お前は本人の前で本人の取り分を遠慮なく食うのか’



手づかみで口に運ぼうとした時、今度は彼の行動をも遮るものが。



「え…?」



パーチェの真後ろから、皆が聞き覚えのある声。

ギギギ…と音でもなる様に振り向いた彼が見たのは…



『なぁ〜? パ・ア・チェ?』



妖しく口角を上げた姫君 ウィディーエだった。



「ひ…ひめじょ───

[ガンッ!!]


「ぶぇっふ!!」


『姫言うなっつってんだろ』



彼女の禁句を口走った為、踵落としを食らったパーチェ。

見事頭にクリーンヒットし、うずくまってしまう程。



「い、痛いよ〜…」


「姫様…」


『…なに、お前も食らいてぇのか』


「ち、違います違います断じて!!!

 そうではなくてですね…早くお出ししないと“溶けてしまう”のではと」


『…おっと、そうだったな。忘れるとこだった』



ルカの言葉で何かを思い出し、未だしゃがんでいる彼へと近付く。



『ほい』


「…え?」



そしてあろうことか 先程のゴタゴタでいつの間にか取り返していたパイ(皿)を、ずいっと差し出したのだ。



「あ! やっぱりくれるの!?」


『…あぁ、いいぜ?』



珍しく笑ったウィディーエだが、明らかに黒い笑みで。



「(何か企んでんなァ…)」


「(少し不憫だな…)」


「(クックック…)」



デビト・ノヴァ・ジョーリィの順に、それぞれ呆れたり笑ったり…


確実に言えるのは、この後パーチェが不憫になるという事。



「さっすが姫…じゃないウィディーエ!

 やっさし───

『ただし!!』


「え!?」



彼女が差し出したパイを受け取ったパーチェだが、突然言葉を遮られた。

ウィディーエの黒笑は消えていない。



『“あれ”は、お前の分“無し”って事で』



指を鳴らして、別次元から何かを出したウィディーエ。


透明の器に、薄い黄色の冷たいもの。

しかも1つではなく、座っている幹部達の前にちょこちょこと。


勿論“彼”の席には、無い。



「これは…ジェラートか?」


『そうだよノヴァ、リモーネで作ったジェラート。

 甘さはリモーネパイと逆で控えめにしといた。

 良かったらどうぞ?』


「マジで!?

 姫の作る料理はなんでも美味いって、ダンテから聞いてたんだよなー!

 この前のアクアパッツァもうまかったし!


 いただきまーす!!」


『(姫言うなっつってんだろ…)』


「プリメーラの料理は久しぶりだ……

 なァんたって? マズイ訳がねェんだからなァ?」


『嫌味かそれ』


「…! 姉さん、すごく美味しい! 今度作り方教えて!」


『勿論だ、フェル』


「「「(やっぱり態度違う…)」」」



各々好評価であり、否定する者など誰もいない程。

そして相変わらず妹にのみ態度が違うウィディーエに、男全員が冷ややかな目。


ただ“ひとり”を除いて。



「うっ…うっ…ウィディーエ〜…」


『………』



シャクリ声が聞こえてきたかと思えば、未だ彼女の後ろに立っていたパーチェで。

心無しか、皿を持つ手が震えている。


ウィディーエは大きく溜息をつきながら、彼に振り返った。



『…なに?』


「おれもジェラート食べたいよぉ〜!」


『じゃあ言う事あんだろ。そのぐらい、分かるよな』


「………」



少しの間の後 恐る恐る皿を差し出したパーチェ。

未だ振動でカタカタしながら。



「…ごめんなさい…ウィディーエ」



みるからにしゅん…と俯き、ちょっと可哀想に見える。

その様子を見つめている彼女は、先程より弱めに息を吐く。

仕方がないという表情で。


やっと動いたかと思えば……



[カチャ…]


「……え…?」



何かの音がした後、持っている皿に重みを感じたパーチェ。

俯いていた顔をゆっくり上げると……皿の上にはガラスの器が追加されていた。

紛れもない、ウィディーエが作ったリモーネのジェラートである。


『…今度からは、先に許可とれよ』と言う彼女を見れば、既に踵を返していた。



「う、うん…じゃなくて! これ、ウィディーエの……」


『どうせお前、1切れじゃ足んねぇだろ。俺はまた、フェルに作ってもらうから』


「(!…フフッ姉さんったら…)」



大切な妹が作った(手伝った)パイ。

きっとものすご〜〜く食べたかったであろう。

だが、それは周知の事実なので 皆【みな】は温かい目で見送ろうとした。


うっかり 空気を“読み忘れた”者以外。



「姫様! どこへ行かれるのですか!?」



席にすら着かず、尚且つ何も食べずに出て行こうとする姫君へ ルカは声を掛けた。


問うことは良い。

だが“言い方”が悪かったのだ。


ピクッと反応して足を止めたウィディーエを見て「あっ…」と声を漏らす彼。

顔は青ざめている。



『…どこだっていいだろ。

 お前は俺の従者じゃないんだから関係ないし。


 …それと、3度目はねぇからな』



言葉を放ちながらゆーっくりと振り返っていく。


こちらからみえた彼女の表情は……とりあえず、恐かった。



「(ヒィィィィ…!!)」


「ウィディーエ……ありがとう!!」


『ん…』



震えるルカを尻目に、空気を読んだか読まずか ウィディーエにお礼を言ったパーチェ。


彼女は振り返らず、後ろ手をヒラヒラさせて食堂を後にした。



*
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ