-桜色に染まりし姫君-
□#Cinque【Amici d'infanzia:Prequel】
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「…いい匂いだ」
「あぁ、たまんねぇ!」
「これよりウマいもんなんて、世界のドコ探してもそうあるもんじゃあねェよ…」
「レガーロの神秘だな…」
食堂へ集った幹部達の、鼻腔をくすぐる甘い香り。
それはレガーロ島に住む人間の大半が好む、あるドルチェ。
レモンを主流とした甘酸っぱいクリーム。
サクサクパリパリの香ばしいパイ。
その名も【リモーネパイ】
甘いものが好きなノヴァはもちろん、逆に苦手なデビトでさえも 喜んで食べるのだ。
今食堂にいるのは、ルカ・フェリチータ・ウィディーエを抜いた幹部達+α(リベルタ)
姫君はどこかというのは置いといて……ルカとフェルは厨房で準備中。
甘い香りの途切れぬ間に、扉は開かれた。
「皆さん、お待たせしました」
ルカの一声と共に、ワゴンが机に運ばれる。
のっているのはクロッシュ(銀のドーム型蓋)が被せられた大皿。
まるで料理番組のように蓋を開けると、綺麗な形に仕上がったクリームが目を引く リモーネパイ。
「リモーネパァイ!」
「店に並べても遜色のない出来…」
パーチェが椅子から立ち上がり、ダンテも惜しみなく賞賛。
「今日は、お嬢様にも手伝ってもらったんです。
味わって食べて下さいね?」
「「「おぉ〜……いただきまーす!」」」
フェリチータが作った(手伝った)と聞いた男達は沸き上がり、みんな揃って いただきます。
「おいひぃー!」
口いっぱいにパイを頬張るパーチェ。
「おォいルカ、これじゃ少なくねぇか?」
自分の皿に盛られたパイを突き出し、足りないと主張するデビト。
「確かに…」
それに同意する甘い物好きのノヴァ。
「そうだよ、もっと食べたいよ!
あ! ほら、そこにあるじゃん! いっただき〜♪︎」
皿をかじってまたまた主張するパーチェだったが、ルカの近くにもう1つの皿と、リモーネパイのひと切れ。
彼の目を盗み、ヒョイッと取り上げる。
「あぁもう、だから味わって食べて下さいって言ったじゃないですか!
…って、ああ!! それは───
「いっただっきま〜───」
ルカの言葉を遮り、パーチェのいただきますが響こうとする。
‘ほぉ〜? そうか、お前は本人の前で本人の取り分を遠慮なく食うのか’
手づかみで口に運ぼうとした時、今度は彼の行動をも遮るものが。
「え…?」
パーチェの真後ろから、皆が聞き覚えのある声。
ギギギ…と音でもなる様に振り向いた彼が見たのは…
『なぁ〜? パ・ア・チェ?』
妖しく口角を上げた姫君 ウィディーエだった。
「ひ…ひめじょ───
[ガンッ!!]
「ぶぇっふ!!」
『姫言うなっつってんだろ』
彼女の禁句を口走った為、踵落としを食らったパーチェ。
見事頭にクリーンヒットし、うずくまってしまう程。
「い、痛いよ〜…」
「姫様…」
『…なに、お前も食らいてぇのか』
「ち、違います違います断じて!!!
そうではなくてですね…早くお出ししないと“溶けてしまう”のではと」
『…おっと、そうだったな。忘れるとこだった』
ルカの言葉で何かを思い出し、未だしゃがんでいる彼へと近付く。
『ほい』
「…え?」
そしてあろうことか 先程のゴタゴタでいつの間にか取り返していたパイ(皿)を、ずいっと差し出したのだ。
「あ! やっぱりくれるの!?」
『…あぁ、いいぜ?』
珍しく笑ったウィディーエだが、明らかに黒い笑みで。
「(何か企んでんなァ…)」
「(少し不憫だな…)」
「(クックック…)」
デビト・ノヴァ・ジョーリィの順に、それぞれ呆れたり笑ったり…
確実に言えるのは、この後パーチェが不憫になるという事。
「さっすが姫…じゃないウィディーエ!
やっさし───
『ただし!!』
「え!?」
彼女が差し出したパイを受け取ったパーチェだが、突然言葉を遮られた。
ウィディーエの黒笑は消えていない。
『“あれ”は、お前の分“無し”って事で』
指を鳴らして、別次元から何かを出したウィディーエ。
透明の器に、薄い黄色の冷たいもの。
しかも1つではなく、座っている幹部達の前にちょこちょこと。
勿論“彼”の席には、無い。
「これは…ジェラートか?」
『そうだよノヴァ、リモーネで作ったジェラート。
甘さはリモーネパイと逆で控えめにしといた。
良かったらどうぞ?』
「マジで!?
姫の作る料理はなんでも美味いって、ダンテから聞いてたんだよなー!
この前のアクアパッツァもうまかったし!
いただきまーす!!」
『(姫言うなっつってんだろ…)』
「プリメーラの料理は久しぶりだ……
なァんたって? マズイ訳がねェんだからなァ?」
『嫌味かそれ』
「…! 姉さん、すごく美味しい! 今度作り方教えて!」
『勿論だ、フェル』
「「「(やっぱり態度違う…)」」」
各々好評価であり、否定する者など誰もいない程。
そして相変わらず妹にのみ態度が違うウィディーエに、男全員が冷ややかな目。
ただ“ひとり”を除いて。
「うっ…うっ…ウィディーエ〜…」
『………』
シャクリ声が聞こえてきたかと思えば、未だ彼女の後ろに立っていたパーチェで。
心無しか、皿を持つ手が震えている。
ウィディーエは大きく溜息をつきながら、彼に振り返った。
『…なに?』
「おれもジェラート食べたいよぉ〜!」
『じゃあ言う事あんだろ。そのぐらい、分かるよな』
「………」
少しの間の後 恐る恐る皿を差し出したパーチェ。
未だ振動でカタカタしながら。
「…ごめんなさい…ウィディーエ」
みるからにしゅん…と俯き、ちょっと可哀想に見える。
その様子を見つめている彼女は、先程より弱めに息を吐く。
仕方がないという表情で。
やっと動いたかと思えば……
[カチャ…]
「……え…?」
何かの音がした後、持っている皿に重みを感じたパーチェ。
俯いていた顔をゆっくり上げると……皿の上にはガラスの器が追加されていた。
紛れもない、ウィディーエが作ったリモーネのジェラートである。
『…今度からは、先に許可とれよ』と言う彼女を見れば、既に踵を返していた。
「う、うん…じゃなくて! これ、ウィディーエの……」
『どうせお前、1切れじゃ足んねぇだろ。俺はまた、フェルに作ってもらうから』
「(!…フフッ姉さんったら…)」
大切な妹が作った(手伝った)パイ。
きっとものすご〜〜く食べたかったであろう。
だが、それは周知の事実なので 皆【みな】は温かい目で見送ろうとした。
うっかり 空気を“読み忘れた”者以外。
「姫様! どこへ行かれるのですか!?」
席にすら着かず、尚且つ何も食べずに出て行こうとする姫君へ ルカは声を掛けた。
問うことは良い。
だが“言い方”が悪かったのだ。
ピクッと反応して足を止めたウィディーエを見て「あっ…」と声を漏らす彼。
顔は青ざめている。
『…どこだっていいだろ。
お前は俺の従者じゃないんだから関係ないし。
…それと、3度目はねぇからな』
言葉を放ちながらゆーっくりと振り返っていく。
こちらからみえた彼女の表情は……とりあえず、恐かった。
「(ヒィィィィ…!!)」
「ウィディーエ……ありがとう!!」
『ん…』
震えるルカを尻目に、空気を読んだか読まずか ウィディーエにお礼を言ったパーチェ。
彼女は振り返らず、後ろ手をヒラヒラさせて食堂を後にした。
*