-霧世に舞い降りし闇水の乙女-

□#Zwei【血操の人と別世の者】
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お昼頃はとっくに過ぎた 何時でも曇り空の日。


広いめの路地裏で、人知れず 静戦が始まっていた。



『(…あーーあ……なんでこう、左手ばかり落とされなきゃあならないのかしら……)』



4人の男女に囲まれている この状況。

アルトはただ、何度も味わってきた切断の苦悩に頭を抱えていた。



『(…最初は、女教皇【ハイプリエステス】だったかしらね……

 その次が、ヴァニラのクリーム…しかも呑み込まれたから唾液でベトベト……

 後は……って、キリがないわね……)』



途中で思い出すのが面倒になり、とりあえず落ちたのを拾って しっかりくっつけた。

カーズ達の様に頑強ではないが、切断等をされても 二度と戻らない訳ではない。



『(それはさておき……この感じ、簡単に抜け出せそうにないわね…)』



今 彼女の後ろにはザップがおり、そのさらに背後は行き止まりの壁。

右は こちらに銃口を向けるK・Kで、左は既に足元がちょっと凍っているスティーブン。

前が 路地裏の入口…の近くに、レオを後ろに守るクラウス。


【袋のネズミ】状態である。



『ハァ……あらぬ誤解を生んでいる様だから言わせてもらうけど…私はあの子を傷付ける気はさらさらないのよ。


 それはつまり、貴方達とも戦う理由がないって事なんだけど……お分かり?』



ため息の後 自分に敵意がないことをそれとなく伝えた。

疑われている状況で主張しても 信じるかどうかは彼等次第だし、性に合わないので。


性格的に 言い方がちょっと上からになっているが、本人自覚はないらしい。



「…残念だが、そんな言葉を 僕達がやすやす信じると思っているのかい?

 化物のお嬢さん【モンストレス】」



返事をしたのは 女の左隣で、何の害も無さそうな笑みを浮かべるスティーブン。

こういう時は何かしら企んでいる…と、彼の行動に 同僚達(主にK・K)が眉を寄せた。



『フフッ…化物のお嬢さん【モンストレス】だなんて、面白い言い方をするのね。

 第一、私は自分で化物だなんて 名乗った覚えはないんだけど?』



対してアルトは 口元の笑みをそのままに、動揺する様子もなく 質問を質問で返す。

投降…というのもおかしいが、それをする気はサラサラないらしい。



「…確かに“言葉では”ね。

 君は今 僕達の目の前で、切断した左手を なんの障害もなく元に戻したじゃないか。

 それで充分さ」


『おっと…そうだったわね。


 なら、どうすれば貴方達の“考えている存在”ではないって証明できるのかしら?』


「…簡単だよ。


 君が、僕の攻撃で“死ななければ”ね」



瞬間、スカーフェイスの周囲の温度が氷点下に。



「(ちょおっ こんな場所でっスか!?)」


「(あんの腹黒、何考えてんのよ!?)」



その意味を理解しているザップとK・Kは 素早く距離をとる。

唯一知らないアルシュネムトは、頭に『?』を浮かべていた。



「エスメラルダ式血凍道…絶対零度の剣【エスパーダデルセロアブソルート】…!」


『!』



鈍い音と共に繰り出されたのは、彼の長足による蹴り。

彼女の左側からなので、狙ったのは背中。


背中を狙うのは卑怯だ!…なんてよく言ったものだが、そんな事今は関係ない。



『…!(これは……氷結…?)』



油断していたわけではないので 右手の傘を背中にまわし、受け止める。

すると間髪入れずに、防いだ部位がどんどん凍っていくのだ。


これぞ、スティーブン・A・スターフェイズの血操術。

自らの血液を氷結させる力。



『…なるほど、素敵な能力ね。

 貴方の力は、吸血鬼を凍らせるものなのかしら?』



既に傘全体へ広がり 持つ手にまで凍結が進んでいたが、苦痛も動揺もなんのその。

首だけを男に向け、笑みを浮かべながら あえて問う。



「…見た通りだよ。(効いていない…ということは……彼女も…)」


『そう、じゃあ……“氷には氷”で お返ししないと、ね?』


「…!!」



戦闘経験は豊富な方だったからか。

彼は本能的に何かを察知し、飛び退く。


だが アルシュネムト【吸血鬼】の“氷”は、離れるだけでは逃れられない。



『気化、冷凍法』



男への視線はそのままに、瞳を細め 呟く。


ちょうど彼が、ザップの近くへ移動した所だった。



「!? なっ…!?」



スティーブンの右肘辺り。

そこからなんの予兆もなく、突然凍り始めたのだ。

自分の能力でヘマをした…なんてことではない。



「スティーブン!!」


「クラウス、まだよ!」



仲間の負傷に最も敏感なリーダーが、今にも駆け出そうとした。


しかし、彼には“やらなければならない事”がある為 こちら側に寄ったK・Kが諌める。



「(……あの人…やっぱり…!)」



その後ろで レオは何かに確信を持つが、今はそれどころではない。



「…ちょっと熱いっスよ、スカーフェイスさん」


「いい、やってくれ」



一方スティーブンは、最初こそ驚いたものの 右腕を銀髪の男に差し出した。

すぐ意図に気付いた彼は、一応断ったのち 細く細くした血を 氷に巻く。


そして ジッポの蓋を開け、燃え上がった火を 糸に近付けた。



「…あちちちっ」



処理が早かったからか。

みるみる内に氷だけが溶け、スーツに水の染みができていく。


理由は それだけではないが。



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