-霧世に舞い降りし闇水の乙女-

□#Eins【星世界の吸血鬼】
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『…驚いたわ? たった1度見るだけで、私が人間でないことに気付くなんて』


「…うっ…ぐ…!」



ヒトが4人ぐらい並んで歩ける、ビルとビルの間。


空からの光は少し射し込み、何も見えないわけではない。



『…しかも、惜しいながらも近い所まで言い当てるなんて……貴方、何者?』


「…ぼ…僕は…っ…!」



苦しそうにする少年の視界には、自分より低い位置で口角をあげている女性。

俗にいう上目遣いをされているのに、肌を伝うのは冷や汗ばかり。


赤い色をしているだけの瞳が、ぬらぬらと揺らめいているように見えた。



『……ま、見る限り 普通の人間よね。


 …あぁ“違う”のはここか。ちょっと失礼?』


「…!」



固く閉じられているレオの瞼を、乱暴ではない手付きで開く。

少なくとも、以前攫われた際に 無理矢理こじ開けられたのとは違った。


彼の眼球は ある代償によって入れ替えられた【神々の義眼】

アルトの髪よりは 透明感と輝きに満ちたスカイブルーをしており、機械のような精密さを秘めている。



『へぇ〜……こんなのは初めて見たわ。

 確かにこれだけ精巧な瞳なら、嫌でもバレちゃう…か』


「……あ…貴女は……」


『ん?』



今まで呻き声しかあげていなかった少年が、何かを問いかける。

既に指を離していたのを 自分で開き、彼女を見た。



「…貴女は……血界の眷属【ブラッドブリード】…なんですか…?」



レオが見たアルトのオーラは、つい最近彼の記憶に刻まれた 眷属特有のものと酷似していて。

だが、記憶の奴等とは違う“違和感”も感じていた。


それは「何故自分を殺さないのか」


血界の眷属【ブラッドブリード】達にとって、レオの様な人間を攫う意味も無ければ、生かす意味もない。

むしろ【神々の義眼】の存在がバレた時点で、奴等は“密封”されるのを 殺そう【阻止しよう】とする。


なのに彼女は 最初こそ痛い目にあったが、今は息が普通にできるくらいの締め付けで 彼を押さえていて。

加えて 義眼の事を知らなさそうだし、殺気もみえない。


だから、レオは素直に聞いてみた。

なんとなく カン的なもので、自分は死なないような気がしたから。


その予想は見事に当たった。



『……え? ブラッド…ブリード…? なにそれ?』



弧を描いていた口元が、一瞬にして崩れ キョトンとなったアルト。


シラを切っている様には、見えなかった。



『…もしかして、それが“ここ”での吸血鬼の正式名称か何か?』


「…まぁ、そうなりますけど……(“ここ”…?)


 貴女の体から、その 血界の眷属【ブラッドブリード】特有のオーラが出てたんです。

 でも気が動転しちゃって、思わず【吸血鬼】って……」


『オーラ?…あぁ 成程、貴方には“この子”が出てなくても オーラで視えるのね』


「いてっ!」



ある程度の説明から 原因が解ったらしいアルトは、突然襟を放す。

当然 支えのなくなった少年は、地に落ちて尻餅をついた。



『あぁ、ごめんなさい。

 まぁでも…座ったままでいいわ、ちょっと見てて』


「…痛つっ……は、はい…」



特には気にせず、彼女は1歩下がって左腕を伸ばす。


次の瞬間…



『血の姫【ブラッドプリンセス】』


「わぁ!?」



アルシュネムトを包む 彼にしか見えないオーラが揺らめき、彼女の背後で 形を変えていく。


やがて、着物を来た 黒い長髪の女性へと姿を整え

紙に隠れた顔をこちらに向けながら、伸ばしている左腕を掴んだ。



『…驚かせたわね。

 でも無理に隠すより、ちゃんと見せた方が 信憑性があると思って。


 貴方には“視えている”んだもの』


「…“僕には”…って……その人…?は、普通の人には見えないって事ですか…?」


『ご名答。

 幽波紋【スタンド】は 幽波紋【スタンド】使いにしか見えないものなの。


 …少なくとも“元の世界”ではそうだったわ』



『ありがとう、ラルダ』と言って、纏う自分の半身を戻す。

次にレオがアルトを見た時、自嘲気味な笑みを浮かべていて。



『…まぁ、信じる信じないは 貴方が決めてちょうだいな。

 貴方がどう思おうが、とやかくするつもりはないし。


 ただ……もし私の言葉を信じてくれるなら、ここの事を色々教えてほしいわ。

 …さっきの店員さんには、聞きそびれてしまったしね』



一度瞳をとじた後 いつもの微笑になる。

そして、少年へと左手を差し伸べた。

所謂 取引でもあり、座り込む彼への手助けでもあった訳だが。



「(この人はきっと、僕達とは違う世界から来たんだ……

 血界の眷属【ブラッドブリード】みたいに 瞳もオーラも紅いけど……でも違う。


 この人は、敵じゃない)」



拳を握り、意を決して彼女を見上げた。


そのまま 少し手が上がってきた、瞬間…



『!』



刃物が何かを切断した音が、アルトの近くから聴こえる。



「わぁっ!?」



と同時に、レオはまた 体が浮く感覚がして声をあげた。


その刹那 約2秒。

たったそれだけで レオの居場所は彼女から3m程離されており、

アルシュネムトの左手首から下は、コンクリートの地に落ちていた。



「…怪我はないか、レオナルド君」


「あ……クラウスさん…!?」



離したのは、赤髪に犬歯の目立つ大きな男 クラウス・V【フォン】・ラインヘルツ。



「…わりィが、ソイツを殺らせる訳にはいかねェんでな」


『(……血で出来た…剣…?)』



切断したのは、銀髪に褐色の紅い剣を持った青年 ザップ・レンフロ。


今まで2人だった空間に 突然現れた彼等は、紛れもなく ライブラ主要人物。

血界の眷属【ブラッドブリード】への数少ない有効策を持つ、スペシャリストだ。


だが 彼等だけでは収まらず。

金髪に眼帯で 銃を構える女性 K・Kと、

頬に傷のある 足元から冷気を放つ男性 スティーブン・A【アラン】・スターフェイズ。


既にスペシャリスト全員に、彼女は囲まれていたのだ。



『(…さて、どうしようかしらね?)』



はたして、アルシュネムト・メリオローデは この状況を どう打破するのだろうか。



───こうして、異世界の者の来訪は 幕を閉じた。


次の幕開けは、ライブラとの接触。



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