-零下を称す至毒の血-

□#Eins【魔封街結社:前編】
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 【レオside.】



僕たちは、家族でこのヘルサレムズ・ロットを見に来ていました

…と言っても、対岸から霧に包まれた街を 観るだけでしたが


父と母、そして 足の悪いミシェーラと僕



「やぁね お兄ちゃん、何で私を撮るの?

 境界都市まで来てるのに」


「…別に、あんな所には興味はないよ」


「またまた…あそこはもう3年連続で、世界の興味の中心よ?

 お兄ちゃんの新聞記者魂はどうなっちゃってるの?」


「いいんだよ…だからこそ、僕が追いかける事は無いじゃないか」



僕が頑なだったのには、理由があります


人智を越えた奇跡が起こる街 ヘルサレムズ・ロット

口には出さないものの、妹の脚の事を 願わずにはいられなかったことでしょう

その…縋るような状況が、僕を苛つかせていたのだと思います


そんな時でした

そいつが…ヘルサレムズ・ロットにしか居ないはずの 異形のものが、僕たちの前に現れたのは。


そいつはあっけらかんと、当然の事を口にするように 静かに、こう言いました



〈選ぶがよい。見届けるのはどちらだ〉



言外に、こうも言っているのを 何故か僕たちは理解していました


見届けぬものに、その視力は必要ないと。



「で…見えてるってこたァ…!

 妹の方を犠牲にしたのか、この外道!!」


『…ザップ…』



僕の胸倉を再び掴んで【外道】といった ザップという男の人

彼の横で、確か イヴィリタ…は ザップさんを宥めていて


でも僕は…外道と言われたことよりも、あの日からずっと拭えない 自分の愚かさに、心が支配された



‘奪うなら、私から奪いなさい!!’



動けなかった


足が震えて、声が出なくて、固まって…

恐怖と絶望で、何も出来なかった


なのに、僕より不自由なミシェーラは、強い眼差しを 異形に向けて言ったのだ

視力が失くなると、分かっていたのに。



「僕はっ…その間…ずっと……固まっで…!!」



あぁ……僕は…僕は…───



「…僕はっ…卑怯者でず…!!」



女々しく涙が溢れて、俯いたまま泣いた

鼻水もだらしなく出る始末


だけど、そんな時に 頭上から銃撃されてしまって…思わず、身を縮める



〈こちらは、H・L・P・D特殊部隊!

 床に伏せ、両手を頭に回し、足首を重ねろ!

 非常事態により、従わねば この場で射殺する!


 こちらは、H・L・P・D特殊部隊…───〉



異形達への武力行使の為、ポリスーツに身を包んだ“外”でいう 警察や自衛隊のような組織


でも、だからといって 人間に味方するわけでもない

実際今、僕達に理不尽な警告をしてきてるし…



「…面倒なのが来ちまった。

 この騒動、全部こっちにおっかぶせるつもりか?」


『………』



ザップ…さんと、イヴィリタ……年下…だよね?

2人も恨めしそうに、上空で浮かぶヘリを睨んでいる


…いや、イヴィリタはただ見てるだけ…?

とにかく、暴風対策に 長いポニーテールを掴んで防いでる…



「レオナルド君」



そんな時、もうひとりの人物が 僕の名を呼んだ

僕を半神から守ってくれた、クラウスさん



「君の能力のこと…その事情…全て了解した。


 その上で私は取り引きを申し出たいのだが……いいかね?」



取り引き…?



「恐らく今回君の能力は…この局面を左右する鍵になる。

 ついては我々に協力してほしい。

 力を貸してくれれば、我々も君の目的達成に協力しよう」



えっ…───



「……それって…っ…───

「そうだ。


 改めてようこそ、ライブラへ」



ライブラに接触して、妹の視力を戻せる方法の手がかりだけでも掴めれば……それだけで良かった

僕のような なにも出来ない普通の人間が、出会える人達でも無いというのは、重々理解していたけど


まさか、ライブラに加入できることになるなんて…

信じられないけど…今はそれどころじゃない…!


遂にヘリから、大勢のポリスーツが降りてきた

僕達何もしてないんですけど…!!



「チッ!」


『………』


[カチッ…]



あっという間に囲まれて、ザップさんは舌打ちしている


イヴィリタは僕を背後に庇い、上着のポケットに手を入れた

…なにか音が聞こえたような…



「ザップ君、きみは手を出すな。

 究極の修羅場はここではなく、まだ先だ。

 力を温存したまえ。


 イヴィリタも、心配しなくていい」


「……」


『…了解…』



そんな2人を落ち着かせるように、

クラウスさんは 通り過ぎる時に 彼の肩を叩き、イヴィリタにも、優しく声をかけていた


…ん? 彼女だけ、呼び捨て…?


…ていうか、軍用兵器に生身で立ち向かおうって発想がもう…───



「…八つ当たりだ」


「……へっ…?」


「気付いてねェのか!?」


『………』



え…八つ当たり…って……口調とかから 温厚そうに思えるんだけどな…


……でも、確かに顔が怖い…



「さっきのアレで、鉢植えがいくつか台無しになった…!

 旦那はあれで、以外に短気で理不尽なんだ…


 …こいつは……血の雨が降るぞ…!!」



鉢植え…?

あ、オフィスの草木は クラウスさんの趣味だったのか…


…た、確かに以外だ……

このままだと僕、悲惨なものを見るのか…!?



『……ご愁傷様…』



うわぁ…小声だけど聞こえたよイヴィリタ!?

もう嫌な予感しかしないよ…!!



「…それと、1つだけ認識を改めたまえ レオナルド君」



これから起こるかもしれない事態に 頭がぐるぐるしてたけど、

クラウスさんは、唐突に僕だけに話しかけた

僕からは 背中しか見えないけど、この騒音でも ちゃんと聴こえる



「君は卑怯者ではない」



え…?



「なぜなら……君はまだ諦めきれずにそこに“立っている”からだ」



この話をしたのは 彼等が初めてだけど、自分が卑怯者だって ずっと思ってた

…さっきも外道って言われたし



「光に向かって 1歩でも進もうとしている限り…


 人間の魂が真に敗北することなど……断じてない…!!」



その言葉は、僕の心にしっかりと刻まれた

あの日の後悔が消えることは 絶対にないけど、諦める事はしないって決めたんだ


クラウスさんは 左手にナックルを装備して、ひとり向かっていった



「ブレングリード流血闘術……推して参る!!」



眩しいほどの光が溢れ、旋風が 彼を包む



「11式…旋回式連突【ヴィルベルシュトゥルム】!!」



ナックルから 血液のような、赤い光る液体が噴き出し、周りのポリスーツがふっ飛んだ


凄い……こんな力があるなんて…!



「征け…! 手始めに、世界を救うのだ!!!」



* * *



元凶であるフェムトの考えなど 知ったことではないが、これには必然的に、ライブラが対応する流れとなった。


ザップ、レオ、ヴィータの3人は、街を駆け巡ることになるだろう。



事件の幕は、まだ閉まりそうにない。



*
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