-陽竜志昇記-

□第2回【崑崙のふんわり仙女:後編】
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お昼に差し掛かる時間、ひとつの取り組みが終わりを告げる。


一方の剣は利き手から離れ、伸ばしても届かない距離で。



「そこまで!! 焚播龍美に1本だ!」



道徳真君の手が、彼女へと差し出される。


勝者を表すためとはいえ、少年は改めて自覚した。

自らの敗北を。



「…あ…ありがとう、ございました…」



絶望に打ちひしがれる心の片隅で、なんとか礼をする思考に至り 頭を下げた。

対する女性は満面の笑顔で、ひらひらと手を振る。



『どういたしまして。凄いね天化、その歳にしては中々よ』


「で、でも俺っち…負けたさ…」


『何言ってんの、負けないと強くなれないでしょ』


「…!?」



彼女の言葉に衝撃を受けた天化。


顔を上げると、真面目な表情で自分を見つめる焚播龍美が。



『あたし手加減はしたけど、ナメたつもりは一切無いわ。

 戦場では命取りになる要因でもあるし。


 結果、あたしの方が強かった。

 上には上がいる、それが世界の 理【ことわり】


 でもね、人は勝ってばかりじゃ何も学べない。

 負けても諦めないからこそ、もっと強くなれる。

 あたしはそう思ってるわ』



何も間違いはない。

言いたいことをハッキリ言う性格であるが故。


最後に微笑んだ彼女を真っ直ぐ見れなくて、また俯いてしまった。



「………」


『…ねぇ天化、貴方はどうして強くなりたいの?』



下を向いた所為で、止めたい雫が溢れそうになる。

膝を折るリミは、少年の頭へ手を置いた。



「…親父を…超えるためさ。親父に言われたから…俺っちもっと強くなりたいんだ…」


『なら、これからも道徳様の元で頑張りなさい。

 道徳様を超えて、あたしも超えて、お父さんも超えればいいんだから!』


「おいおい焚播龍美、オレだってそう簡単に負けないぞ?」


『あたしだって負けないわよ!』



笑顔で元気づけるが、大人気ないとかは置いといて さっさと抜かれるつもりは無いらしい。



「…俺っちも、負けねぇさ」


「『!』」



立ち上がり 言い合いが始まりそうな2人を止めたのは、ずっと黙ったままだった彼。

ぐしぐしと腕で涙を拭き、顔を上げた。



「絶対、超えてみせるさ…親父も、コーチも……あーたも」


『ふふっ、楽しみにしてる』



迷いが無くなった瞳を見て、笑みを濃くした。


後ろで「青春だな…」と腕を組み 頷く師匠。



「…俺っち、姉は居ないけど…なんかあーた、姉貴みたいさ」


『ほんと? なんならお姉ちゃんって呼んでもいいのよ〜』


「お姉ちゃん…焚播龍美姉ならどうさ?」


『リミで良いわよ、あたしのことそう呼ぶ人いるから』


「じゃあリミ姉って呼ぶさ!」


『うん! 改めてよろしくね』


「おう、リミ姉!」



目の前の少年が可愛くて、思いっきり頭を撫でる。

『うふふー、弟が出来ちゃった♪︎』とるんるん交じりで。

「や、やめるさー…!」と照れる天化もお構いなく。


焚播龍美にとって、家族が増えるのは喜ばしい事なのだ。



「おーい焚播龍美、用事が無いなら昼メシ食べていけよ!」


『ないない! お邪魔するわー!』



既に洞府への帰り道を進んでいた道徳が、振り返って声を掛ける。

狭い浮岩階段のため 1列に歩くが、会話は続いた。



「なぁなぁリミ姉、なんで剣の 宝貝【パオペエ】持ってねぇのにあんな使い慣れてたさ?」


『あたしの面倒をよく見てくれた十二仙のひとりが、剣の使い手でねー。

 昔はよく剣技の修行やってたのよ』


「コーチ以外の、剣を使う仙人…?」


『知らない? 玉泉山 金霞洞の玉鼎真人』



前を焚播龍美 後ろを天化で、万が一助けられるように。

まだ年月の浅い彼は、十二仙全員に会えている訳ではないのだ。

というより 一癖も二癖もある彼等は、大体自分の洞府に篭っている。


顔と名前を覚えるのは、まだ先になりそうだ。



「…僕以外にも、あんな顔をするんだよな…」



紫陽洞に入った彼女を、空から見つめていた ひとりの男。


長い髪が靡く彼の右手首に、4色石のブレスが輝いていた。



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