-陽竜志昇記-

□第1回【崑崙のふんわり仙女:前編】
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年数はいつだっただろうか。


時間の感覚が乏しいこの空域は【仙人界】

生き物の中で 天賦の資格を持つものが住まう、特別な世界。


その内の1つ、主に人間から仙道となった者が集う土地 崑崙。

土地といっても ほとんど浮岩しかなく、乗り物を使うなり 空を飛ぶなりしないと移動が困難。


あと、1歩踏み外すと地上に真っ逆さま。

これも修行になるのだろうが。


現在は朝9時頃。

卵形の巨岩に【崑崙山】と刻まれたそこは、この土地の拠点とも言うべき場所。


総本山 玉虚宮の回廊をコツコツと歩く、ひとりの女性がいた。



「あ 焚播龍美、来ましたね」


『やっほー白鶴! おはよ〜』



大きな丸扉の前で、手袋とズボンと靴を履いた鳥 白鶴童子がお出迎え。


灰の長髪を 利き腕である左側で纏めた、紫瞳の彼女。

二カリと笑って 片手をひらひらと振る腕には、石の付いたブレスレット。

半袖・半ズボンに、腰で浮いている2つの円環。

そして布素材ではない紺のブーツが 足元に目立つ。


名は焚播龍美。

目立った仙女の中では実力も申し分無い、崑崙の仙道の1人である。



「元始天尊様がお待ちですよ」


『はいはーい、謁見の間入りまーす』



間延びした声で受け答え、既に開いた部屋へと入った。


見晴らしの良い縁側があり、その中央には 長い頭部に長いお髭の老人 元始天尊が立っている。

彼の前まで歩いていき ある程度の距離を空けて、片膝をつく。



『道士 焚播龍美、元始天尊様の命により参りました。なんなりとお申し付けくださいませー』



頭を下げて、瞳を閉じる。


しかし棒読みに聞こえるのは気のせいだろうか。



「おぉ焚播龍美、よく来たの。

 お主に来てもらったのは他でもない、十二仙への使いと その他諸々雑務を頼みたいのじゃ」



関知せず、元始は用件を伝えていく。



『………』


「して焚播龍美、引き受けてくれるか?」



何も言わない彼女は 未だ俯いたまま。

しかし何故か空気が変わったのは確か。


後ろで一汗かいている白鶴は、嫌な予感がした。



『嫌です』


「なぬぅっ!?」



やっと顔を上げた焚播龍美は、誰が見ても満面の笑み。

つまりニコニコしながら断ったのである。

衝撃がないわけが無い。



「お主今なんなりとお申し付けくださいと言うたろうが!」


『最初からやるとは言ってないじゃん! あたしは助手だけど、戦闘関係でフォローするのが役目なの!

 大体雑務くらい自分でやれば?“じっ様”』



許される前に立ち上がり、ごもっともな事を堂々と主張した。


言っておくが彼は教主 1番偉い人なのだが…

びしっ!と指差し、敬語は外れ 果ては呼び名さえプライベートありあり。



「焚播龍美、ここは謁見の間ですよ…」


『他に誰も居ないならただの部屋よ』



童子の言葉にも意に介さず。

言ってることは間違ってない。



『…ま、お使いくらいは引き受けてあげる。で、誰んとこ行けばいいの?』


「(敬う姿勢が微塵も感じられん…)これを、太乙真人の所へ持って行ってくれ」



とやかく叱るのを一旦諦め、袖に手を突っ込む。

取り出したのは、金属で出来た細い棒。



『なにこれ、宝貝【パオペエ】?』


「打神鞭〔だしんべん〕という。

 ワシが作ったものじゃが、使い手に渡す前にメンテナンスをしてもらおうと思うてな」


『ふーん、じっ様がねぇ…』



伸縮部分を伸ばして、高い位置でくるくる回す。

特におかしな所はみられず、

持っているだけで力を吸われるスーパー 宝貝【パオペエ】という感じでもない。



「後は太乙から頼みがあるじゃろう。アイツも手伝いを探しておったしな」


『はぁ〜? 太乙…様まで〜? みんな人使い荒いんだから…』



隠しもせずため息を吐き、打神鞭〔だしんべん〕を腰の円環に当てる。

すると カチリという音と共に、リングが出てきて ぶら下がったのだ。

彼女が鞄を持ち歩いていない理由はこれである。



『とりあえず行ってくるね、じーじ』


「元・始・天・尊・様・じゃ!」


『はいはーい』



更に砕けた呼び方を残して 柵のない奥に歩いていき、ひょいっと端からジャンプ。



『光桔鏡〔こうききょう〕[光翼]!』



落下する最中 腰の六芒星が1つ離れ、背中に張り付くと 光で出来た翼が生えた。


彼女の 宝貝【パオペエ】光桔鏡〔こうききょう〕は、光を操ることができる。

[光翼]を羽ばたかせ 空を自由に飛び、やがて見えなくなった。



「全くあやつは…育て方間違えたかの…」


「実力は“彼”に及ぶくらいなんですがね…」


「そうじゃの……同期であり、昔馴染みの天才とな…」



静かになった謁見の間で、師弟は零す。


免許は取っていないものの、共に育ってきた経験からなのか。

崑崙仙人界トップといっても過言ではない男とほぼ同格な、崑崙仙女No.2のことを。



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