-闇の血の戦乙女-

□2.【闇と希望】
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夕方となると、町への道を歩いても人気はない。


太陽は背中にあり、傘は差さずにフードだけ。

正直言うとそれだけでも怪しいが。



『町に着く頃には、夜になってるかしらね…

 蓄えとしてはまだあるけど、補充しておいても問題ないし…』



ニヤリと口元を歪める、黒ずくめの女。

物騒である。


とかなんとか思惑していたら…



‘…にシビ…るあ……れるぅ〜!’


『…え? なにかしら、今の音…』



誰かが何かを叫ぶ声と、水が跳ねた様な音。

聴覚の鋭い彼女は、相手が見えてなくとも音だけを拾った。



『(これって…この先に誰かいるって事よね…


 顔見られるの面倒だし、脇に逸れて様子をみましょうか)』



歩くスピードはそのままに、大きく斜め左に方向を変えた。


やがて右側…本来通る道に、数本の木が生えているのが見える。

そして木々の合間から、さっきの声の主達がいるのが確認できた。



『(男の子が3人、女の子が1人か………あら)』



『う〜〜ん?』と、男子のひとりに目を凝らす。


女の子の前にいるその子は、少女と同じ金の髪で。



『(…あー……なーんか、あの子とよく会うわねぇ…)』



顔を覆う様に手を当てる。

かれこれ3回目の、ディオ・ブランドーだ。



『(しかも最初を除いて、見た時はなにかしら悪い事してるし…

 女の子相手に 一体何を…───

「こっ…この女ぁぁ…!!」


『(ん? キレた)』



ゆっくり木の近くへ近付いた後、様子を伺う。

すると突然、怒りをあらわにしたディオ。


次の瞬間…女の子に向けて手を挙げた。

明らかに平手打ちの姿勢である。



『(あ、これはまずい)』



彼の意図が解り、屈んだ状態から音もなく立ったアルシュネムト。

傘を右手から左手に持ち替え…



「わざと泥で洗って自分の意思を示すか…───」



少女と彼の間に踏み込み、左の傘で掌を受け止めたのだ。



「なっ…傘ぁ!?」


「!?」



突然現れた傘にも、黒ずくめの人物にも ディオと少女は驚く。



『どういう状況か知らないけど……女の子に手を上げるのは 宜しくないわね』



そんな事はつゆ知れず、少年に向けて吐き捨てるように零した。



「! 貴様は…!───

『今すぐ、ここから立ち去りなさい』



見覚えのある傘と容姿、そして声から ディオは目の前の奴が誰なのか気付く。

だが言葉は遮られ、女は冷たい声音で一言。

この時 ただでさえ気が立っていた彼は、簡単に引き下がるわけもなく…



「…立ち去れ、だと!? ふざけた事を───」



当然つっかかる態度をとってきた。


おそらくそれも判っていたのだろう。

今度は言葉でなく、行動で遮った。

一瞬の内に、ディオの左耳へ顔を寄せる。



『でなければ……“あの時”の男達と、同じ経験を味わうことになるわよ? ディオ…』



息のかかった距離で、妖艶な雰囲気を漂わせながら諭す。



「っ…!?」



案外人間は耳に弱い者が多い。


目を見開いて頬が赤くなった少年。

その反応に、アルシュネムトは少し口角を上げた。



「…も、もういい! 行くぞ…」



素早く振り払い、踵を返して取巻きと共に去っていったディオ。


まだ少しだけ、顔は赤かった。



『……ハァ…』



横目で彼等を見送りつつ、世話のかかる…という風な溜め息を吐く女。

見えなくなった後、少女の方へ体を向けた。



『君、大丈夫?』


「!…あ…はい……」



一応怪しまれない様にフードを取り、女の子に手を差し伸べる。

アルトの見た目に少し驚きながらも、手をとって立ち上がった彼女。



『家に送ってあげたいけど、そのままではね。

 近くに川があるわ。そこで泥を落としましょう?』


「はい……あの、ありがとうございます…」


『フフッ、いいのよ。さぁ、行きましょう?』



少女の手は握ったまま、川へと歩く2人。


道中 お互いに自己紹介をし、少女の名は エリナ・ペンドルトンという。



───…



『───そう…ディオがそんな事を……呆れてモノも言えないわね』


「…アルシュネムトさんは、彼と知り合いなんですか…?」


『知り合い…というより、顔見知りという程度よ。

 …こちらとしては、知り合うつもりもなかったんだけどね。


 それより、私の事はアルトでいいのよ。呼びにくいでしょう?

 敬語も使わなくていいからね』


「は…え、えぇ……あ、ここがわたしの家よ」



川でスカートの泥や、唇を改めて洗ってあげた。

そうこうしている内に日が沈み、元々そのつもりだったので 家まで送る道を歩く。

エリナからの願いで、ずっと手を繋ぎながら。


必然的に談笑していれば、少女の自宅前へと着いていた。



『(一応警戒していたけど、何事もなかったわね)

 無事に着いて良かったわ。それじゃ、私はこれで…』


「あ…ま、待って!」


『!』



自然と手を放そうとしたのだが、今度は両手で包まれる。

突然の行動に、アルトは一瞬目を見開いた。

すぐ笑顔になったが。



『…どうしたの? エリナ』


「あ…あの……」


『ん?』


「……家に…泊まっていってほしいの……お礼…そう、お礼に!

 アルトは わたしを助けてくれたのに、何もお礼できてないから……


 それに…もう少し、お話もしたいの。

 わたし、同性のお友達とか いなくて……ダ、ダメかしら…?」



包む両手に やんわりと力を込めるエリナ。

男だったら即落ちするのではないだろうか。



『(うーーーん……どうしましょう?)』



それは置いといて、穢れのない瞳で訴えられては 簡単に断れる筈もなく。

癖なのだろう、顎に指を当て 首を捻りながら考える。


一呼吸ぐらいの後、口角を上げた 白い髪の女。



『…フフッ、じゃあ……こうしましょう?

 貴女のお父さんとお母さんが、許可をくれたら…ね?』


「…!」



言葉の真意を訳せば『許可をくれれば泊まる』という事。

決して分かりにくい表し方でもなかったので、少女もパッと表情を緩ませた。



「ありがとう、アルト! 中へどうぞ!」


『そんなに急がなくても、私は逃げないわよ? フフフッ…』



グイグイと手を引っ張るエリナと、彼女に引かれながらクスクスと笑みを零すアルシュネムト。


この後、無事許可は下りて ペンドルトン宅にお泊まりしていったとさ。



───こうして、アルトとエリナの出会いは幕を閉じた。


次の幕開けは、彼女と紳士見習いとの出会い。



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