-奇石のすべは奇跡を生み出すか-

□Crerk.3【2度目の水辺:後編】
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細々と雑談を交えながら、朝食を頂く午前中。


お腹の調子を考えて かき込みたい衝動を抑えつつ、ゆっくり食べた。

机はそのままに 食後の紅茶を飲みながら 本題に入る。



「クリスタル…瘴気…魔法…ね」



肘を立てて顔を乗せ、険しい表情のイズミ。

マリの知っていることをまず話してもらったのだが、2人にとって 聞いたことのないものばかり。



『ふたりはクラヴァットかとおもったんだが、もしやそれもしらないかんじか?』



少女は少女で 初めて飲むお茶に興味津々。

お気に召したのか、味わって飲んでいる。



「アメストリス人とかイシュヴァール人とかの区別はあるけど、クラヴァットやセルキーは聞いたことないね。

 マリはそのハーフだって?」


『あぁ、そうだ』



こくりと頷いた彼女 マリは、黒髪に白の瞳で。

金髪碧眼のアメストリス人や 銀髪紅眼のイシュヴァール人には当てはまらない。

しかも最初からではなく、元々は水色や緑など。


余計に見当たらない色である。



「ふむ…明らかに私達の常識と違うね。

 それに、歳いくつって言った…?」


『25さいだ。このみためでいうのもなんだが…』


「…私達より歳上じゃないか…」



イズミは23歳、シグは24歳。

しかし年上ということなら、大人びているのにも説明がつく。

実際は大人だった訳だ。



『でもいまはちがうから、きにしないでくれ。

 たぶん、5さいくらいかな……ははがしんでからのことは、ひどくおぼえてるし』


「…! 母親、亡くしてるのか…?」


『あぁ、ちちも8さいのときに。

 わたしは、ひろわれたむらの そんちょう【村長】にそだてられたんだ。

 だからその…こどもあつかいとか、あんまりされたことなくて…』



両手でティーカップをソーサーに置き、黙り込む。

悲しい気持ちが溢れてきて 涙が出そうだから。


話し方は大人でも 身体は子供なのもあり、涙腺が緩くなっている。

ぎゅっ…と膝の上で、拳が出来た。



「…いい? マリ。

 お前の世界の話が嘘じゃないのは分かった。

 荷物や服を見れば、辻褄が合う。

 理由はともあれ、お前は真理の扉を“通って”、こっちの世界に来ちまったんだろう。

 しかも【通行料】に、年齢と色を取られて」


『………』



真っ直ぐ少女を見て、ひとつひとつ説明していく。

逆に俯くマリは、何も言わない。


無言は肯定の意味。

だからこそ、突き付けられるであろう真実が怖い。



「中身は大人なんだろうけど、身体は生まれて数年程度の子供だ。

 これから独りで生きていくなんて、絶対出来ない。


 だからマリ、ここに住みなさい」


『…え』



てっきり、追い出されると思った。


ここに魔物はいないし、クリスタルや魔法もない。

紅茶というものを初めて知って、自分より身長が遥か高い人間も初めて見た。


世界が違うのだという結論に、お互い辿り着く。



「勿論、住むからには家の事とか 色々覚えてもらうからね。

 覚悟しなよ?」


『ちょっ…ま、まってくれ!

 いきなりすめって…こんなわけもわからないやつ、おいといてもいいのか!?』



身長の関係で椅子に立ち、机に身を乗り出す。


既に立ち上がったイズミを目で追うと、自分の隣まで来た。



「訳は今聞いただろう?


 …ま、真理の事を知らなきゃ 軍に預けるなりはしただろうけど」


『…! ってことは……』



軍、とは何だろう…という疑問は片隅に置き、彼女の言葉には 引っ掛かりがある。

あんなもの 1度見たら忘れないし、誰でも経験出来る訳がないだろう。


ふわりと撫でてくれるイズミは、同時に自身のお腹を 摩【さす】った。



「…内蔵【なか】をね、いくつか取られたよ。

 身篭った子を病気で産んであげられなくて、人体錬成をやったんだ」


「イズミ…」


「止めないでくれ、あんた。

 この子には、伝えるべきなんだよ。


 …もう1度確認する。

 人体錬成は、やってないんだね?」



シグも立ち上がり、妻の肩に手を置く。

片方はそれに重ね、もう片方は少女の肩へ。


マリの答えは、ひとつだけ。



『はい』


「……良かった」


『…!』



真っ直ぐイズミを見上げ、一言。


安堵の表情を浮かべた女性は、椅子に立つマリを抱きしめた。



「それでも怖かっただろう、あれは……辛かったね」



突然で驚くも 彼女の言葉は、すとんと抜けていた心に落ちてきた。

無意識に目を背けていた感情を、解ってくれていたから。

背中の布がしわくちゃになるくらい、服を握りしめた。



『…うっ…ぐ…ひっく…イズミ、さ……わ、たし…』


「うん」


『…いきなり…っ…いっぱい……ぬけてっ…い、て……しぬんじゃ、ないっ…か…って…!

 こわかっ…た…! もう、いや…だっ…!!』


「うん、大丈夫」



さっきよりもとめどなく、溢れる涙。

肩口が濡れるのも構わず 頭を撫で続けた。

後ろでは、何も言わず見守るシグ。


しばらくマリは 泣いた。



『…っ…すまない…とりみだして…』


「気にするな」



数分経って 体を離す。

まだ頬を伝う雫を拭い、出来る限り整えた。

大きな手で包み込むように撫でる彼の優しさに、少し笑顔が戻る。



「そうそう。


 さて、今日から1人増えるんだ。

 早速日用品を買いに行こうか」


「そうだな、町の案内もしないと」



食卓も片付け終えており、次は出掛ける準備。

子供用の服が無かったので 今のは適当なものをイズミが錬成して合わせたもの。

それも兼ねてである。



『うん…!』



嬉しくて 自然と笑顔になった。


これからの日々に楽しみを。

独りではない温かさを。


差し伸べられたそれぞれの手に、自らのを重ねて。



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