-奇石のすべは奇跡を生み出すか-

□Crerk.2【2度目の水辺:前編】
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壁掛け時計は、午前8時を差す。


香ばしい匂いが漂うキッチンで、ひとりの巨漢が エプロンを付けてベーコンを焼いている。

素晴らしく違和感だが、身体の弱い妻に代わって これはよくある事。



「あんた、あの子が目を覚ましたよ」


「…! そうか…良かった」



カーティス精肉店を営む彼 シグ・カーティス。

イズミの夫で 夫婦仲円満と皆が知っているくらいのおしどり夫婦。


コンロの火を切り、見上げている少女へしゃがんでくれた。



「調子はどうだ、痛い所もないか?」


『………』



目線を合わせ、彼なりに努力した優しい顔で語りかける。

しかしマリは、ぽけっ…とした表情で見つめて 黙ったまま。

様子のおかしい彼女に、カーティス夫妻は首を傾げた。



「どうかした?」


『あの…』


「ん?」



おずおずと遠慮がちにしている子供に 優しく問いかける2人。


思い切って出た次の言葉は…



『……ひと【人】…ですよね…?』


「!!」



なんと人間かどうかの確認であった。


あまりのことにショックを受けているシグ。

イズミは後ろで目を丸くしていて。



「…遂に人間に見られなくなった…」



しゃがんだまま俯いて、どんより雲が浮かぶ男。


元々から強面のため 子供に怖がられる事は何度かあった。

しかし人かどうか確認されたのは初めてなので、相当ダメージが深い。



『あっえと、そういういみじゃなくて…!

 わたしよりせのたかいいきものって、まものしかみたことなくて…』


「「(魔物…?)」」



慌てて胸の前で両手を振り、否定するマリ。


【魔物】という、この世界には居ない生物の名を添えて。



『しつれいをいってすみません…』


「いや、大丈夫だ。

 それに、そんなに畏まらなくてもいい。

 子供は自由にするものだ」



大きな手でわしわしと 少女の頭を撫でる。

さっきからよく撫でてもらうな…と感じたマリ。



『…ふふっ』


「?」


『いえ、その…イズミさんとおなじことおっしゃったので……おふたりとも、やさしいかたですね』



純粋に嬉しくて、笑顔が零れる。

撫でてくれたことも、優しくしてくれることも。

子供の頃は、生きるのに精一杯だったから。



「あんたこそ、まだ10もいってなさそうなのに 何処でそんな言葉覚えてきたの?

 優しいついでに、私達に敬語使うのはやめな」


『え…でも、わたしのしゃべりかた うえからというか…ふてぶてしいですよ…?』


「構わないさ。な、あんた」


「あぁ」



確かに 年端もいかない少女が丁寧語なのは、あまり見ない。

格付けされている訳でもないのなら尚更。


喋り方を気にするマリに、夫婦は優しく微笑んだ。



『…で、では…あらためて……わたしのなまえは、マリ・ヒンだ。

 よろしくたのむ』


「よろしく、マリ。

 さぁ、食事にしよう」


『うん…!』



お互い笑顔になり、食卓へ移動。


出来たてのモーニングと、別の部屋から持ってきた椅子を置いて。



対面の幕は、まだ下りない。



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