-奇石のすべは奇跡を生み出すか-

□Crerk.2【2度目の水辺:前編】
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『なんだ…何なんだよこれは…!!』



次に目を開けた瞬間、彼女の視界に視えたものは。

叫び声の本人でも 夢の一端でもない。


膨大な情報が頭に叩き込まれる“映像”だった。



『おかしくなる……誰か…助けてくれ───』



人が生まれいずる原理。

細胞の構成。

綴られた長い歴史。

仲間の姿がある自分の記憶。


既に脳はキャパオーバー。

絡みつく黒を外しながら、光の先へ 手を伸ばした。



『うわっ…!』



すると、景色が切り替わり 突然の空虚。

バランスを崩して 倒れてしまった。



『いっ痛ぅ……今度は何処だ、ここ…』



顔からコケたので、ヒリヒリする鼻を押さえながら 辺りを見回す。


何処を見ても真っ白。

唯一色が付いているのは、自分の身体と 背後の黒い扉。



〈よぉ〉


『!』



様々な疑問が浮かぶ中、声を掛けられる。

何人も重なっている様な、なんとなく 自分と似ている声も混ざっているような。


恐る恐る、その方向へ視線を向けた。



『…何だ、お前は』



予想通りというか、慣れているというか。

輪郭が人の形をしている、透明な存在が声の主で。

正直初めてじゃないので あまり驚かない。



〈いきなり“何”とは失礼だな。

 ま、どうみても人間じゃないから仕方ないか〉


『………』



明らかに怪しい。

じとっ…と疑いの眼差しを向けるマリ。



〈わたしはおまえ達が“世界”と呼ぶ存在。

 あるいは“宇宙” あるいは“神” あるいは“真理”

 あるいは“全” あるいは“一”


 そして、わたしは“おまえ”だ〉



向かい合う彼女を指差し、透明人間は言い切った。

自分のことを【神】とも述べたのだから。



『…言っている意味が理解出来ないな』


〈別に問題ないさ、わたしとしてはどうでもいいし〉



自身は神ではないのに、どちらもそうだと言われれば 理解の範疇を超えている。

いや、予想は出来るが 信じられないのもひとつ。

そんなものが、今目の前にいるなどと。


考えるだけ無駄だと思い、追求をやめた。



〈にしてもまさか “向こう側”から来る物好きな奴がいるとは思わなかったよ。

 帰れる保証は無いのに〉


『…? 何を言って…』



しかし、更に聞き捨てならない言葉を零した相手。

辛うじて見える口は、弧を描いて。


ふと、後ろへ振り向く。



『っ…扉が、変わってる…?』



コナル・クルハで開いてしまった扉。

所謂【セフィロトの樹】が彫られているものなのだが、そのレリーフがどう見ても違う。


今ここにあるものは、自分にとって馴染み深いクリスタルの彫刻が 根元の下にある。

しかも、セルキーとクラヴァットの紋章を添えて。



〈そりゃそうだ、それは“おまえの”だからな〉


『一体どういう事だ、知ってるなら説明しろ!!』


〈それは出来ないな、何せ通行料が足りん〉



『通行料…?』とまた訳の分からない事を言い出す透明人間に、疑問を投げかけたのが最後。



『うっ…あ…ぁ…!?』



突然 心臓の鼓動が強くなる。

痛い程の速さで、胸を押さえて蹲ってしまうくらいに。


同時に 身体から何かが抜けていく感覚。

寄生虫に蝕まれているようにも感じる。


身に起こった異変に、脂汗が頬を伝って落ちた。



〈おまえの場合少し特殊だが、払わなきゃいけないものは払ってもらう。

 それが【等価交換】だろ? クリスタルの元錬金術師〉


『なん、だっ…と…!?』



やっと顔を上げれた彼女が見たのは、自分から溢れる黒い粉のようなもの。

掌から 腕から とめどなく外に出る。

体力も一緒に消えているのか、既に立ち上がることが出来ない。


それだけでは留まらず、視界に入ってしまった。

長い髪からも粉が出て 毛先の茶色が抜けているのを。



〈じゃあな。新しい世界で、精々生き延びろ。

 荷物とかは一緒に置いといてやるから〉


『待…て…っ……───』



これはなんだ。

【等価交換】とはどういう事だ。

新しい世界とは一体。

私の色を返せ。


全て問い質したいのに、手は届かない。


細かい黒が“アイツ”に吸い込まれているのを最後に見て、意識を飛ばした。



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