-奇石のすべは奇跡を生み出すか-

□Crerk.1【湿原の生命樹】
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相変わらず霧で前方不注意だが、彼女の歩みは止まらない。



『魔物は居なさそうだな…気配もしない』


「でも何か出てきそうで怖いクポ…」


『私がいるから大丈夫だろ』



糸目でも 不安そうな顔だと分かるモグ。

ポンポンと 赤いぼんぼりを撫でて、少しでも落ちつくように。



‘……!……っ……!!’



ふと、耳に入る音。


思わず立ち止まったが。



『…ん、何か言ったか?』


「へ? 何も言ってないクポ」



てっきり隣のモーグリだと思ったが、否定された。



‘…すけ……だ……!!’


『でも、今… (何だこの声…聞き覚えがある様な…)』



また聴こえた 誰かの叫び声。

じんわりと、耳につく。



‘おぎゃあっ! おぎゃあっ!’


‘アハハハハハッ! アッハハハハハハ!!’


‘殺してやる…殺してやるぅ!!!’



無くなるどころか 次第に“増えていく”


さっき視た夢と同じ、いろんな声が。



『うっ……五月蝿い…っ…頭が…』


「マリ!? どうしたクポ! しっかりするクポ!!」



頭痛となって襲いかかり、遂に片膝をつく。

モグが近寄って心配するが 汗が止まらない。



『…モグ、悪い……戻ろ…───』



俯きから顔を上げ 前を見た、その時。


モグの奥に、黒い大きなものが見えた。

人間を優に超え、かたちは長方形。


異様な雰囲気漂う、扉だった。



『………』



マリはそれを見たまま、固まってしまう。


と思ったら、立ち上がり ふらふらと歩いて行く。



「マリ…? あの扉は…」



突然の行動に 見送る形になるが、扉に向かっていることは分かった。

表面に 根っこの様なレリーフが刻まれ、隅々まで真っ黒。

あそこに入るつもりなのかと思っていると、辿り着いた彼女。


左手を、ゆっくり添える。



『…! 私は…』



そこで我に返ったのだろう。

虚ろな瞳に、生気が宿る。


ひやりと冷たい感触が 掌から伝わってくると、頭の片隅で感じていた時。



『っ!?』



取っ手が無いのに、内側から扉が開く。

ただ単に引き戸だったのもあるだろうが、それどころではないことが起こった。


突然 中から細い何かが、腕に巻きつく。


隙間から見える奥は、同じ真黒なのに。


ただの空虚でないことが 一瞬で理解した。



「マリ!!」


『ぐっ…来るなモグ!! お前まで巻き込まれる!!』



引っ張ってちぎろうとするが、どんどん本数は増えていく。

長い髪に 肩に 足に 絡まって逃がさない。

飛んで来るモーグリを、叫んで止めた。



「でも!!」


『アイツらに知らせてくれ! すぐに此処から立ち去れと!!』


「うぅっ…分かったクポッ!!」



泣きそうな顔をしていると、最後に感じた。


背中の翼しか見えなくなった所で、力を緩める。

もう脱出できないと、悟ったからだ。



『(あれが正夢だったなら…私は……───)』



口にも巻き付いて 声が出せなくなる。


完全に手段は絶たれた。

ある程度開いた奥から引っ張られ、身体が浮く。


自然と、瞳を閉じた。


扉は閉まり、静寂が訪れる。

濃霧が包み込み、痕跡すら 失くなったのだ。



───こうして、来訪の経緯は 幕を閉じた。


次の幕開けは、強制通行料。



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