-人精の迫 造られた命-

□Episode.1【二色瞳の少女】
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石壁に囲まれた、地下の牢獄。

無造作に敷かれていたシーツにくるまっていたツイルは、体の痛みと共に瞼を上げる。


あれから宮殿に連れてこられ、この場所に放りこまれた。

冷たく暗い牢屋で、一夜を明ける。

普段のベッドも硬い方だが、それ以上の硬さに体が悲鳴をあげたのだ。



『……… (いたい…)』



抵抗した疲労感から眠ってしまったが、どのぐらい時間が経ったのだろう。

もちろん窓も時刻を示せる物もないので、分かる訳がないが。



『…リインにいさま、だいじょうぶでしょうか……』



他に引っかかる事といえば、たった1人の家族の安否。

起き上がったままシーツを体に巻き、俯く。


その時…



[ギィィ…]


『…!』


《長からの命だ、出ろ》



軋んだ音の後に入って来たのは、したっぱと思われる男。

長…つまりラーシュの命で、牢屋の鍵を開ける。


半ば強引にツイルを連れ出し、付いて来るよう促した。



───…



《ラーシュ様、娘を連れてきました》


‘入れ’


《はっ……ついて来い》


『…はい』



大きな扉を抜けて入ったのは、長への謁見の間。

目の前の2つの玉座に、ラーシュとその妻が座っている。

その近くには、ラーシュの兄弟である ヤーン、イング、ブルーノの姿も。



「ご苦労、下がれ」


《はっ…失礼します》


[バタン…]


「あら…貴女が“忌み子”なのね」


『…っ…』



沈黙をまず破ったのは、リインの母で族長の妻。

好奇心と嘲笑の混じった瞳を向ける。



「ふーん、見た目は悪くないわね…瞳が気持ち悪いけれど」


『………』


「口を慎め。場所を考えろ」


「…失礼しました」


「だが、この子とリインの噂は使用人にまで拡がっている。

【リイン様が森に出かけて、得体の知れないものと会っている】…とな」


『(! にいさまが…)』


「対応としては、この子供をどうにかせねばな」


「しかし…まだ5歳の子供だぞ! 少し酷では…」


「何を言う! こやつはこの歳で動物と戯れている。

 両親のあやつらが事故にあったのも、霊力野【ゲート】の異常発達の所為ではないのか!?」


「霊力野【ゲート】の発達は喜ばしいことであろう!

 考え過ぎだ!」


『……… (リインにいさま…)』



目の前で大人達が騒がしく口論している。

明らかに自分の事を話しているが、ツイルはただ 兄の心配しか頭にない。


それと同時に、兄の為に“覚悟”が必要だと…薄々感じていた。



「そこまでだ、静かにしろ」


「…族長」


「最終的な判断は、そこにいるツイルがするのだ。

 …違うか?」


「「「御意…」」」


「…ツイルよ、お前に問う。


 リインの事は……大切に思うか?」


『…!』



族長から突然の質問に、言葉がすぐ返せなくなる。


でも、ラーシュの瞳は前に見た冷たさはなく、優しい目だった。

リインの事を大切に思っている、何よりの証。


自分も同じ気持ちだからこそ、答えはひとつだけだった。



『はい。

 リインにいさまは、私を“家族”といってくれました。

 とてもやさしくしてくれました。


 …だから、リインさまは私にとって たいせつな あに【兄】です』


「…そうか。

 アイツを大切に思ってくれて、感謝する。

 …だが、私はお前に納得のいく待遇はできん」


『…分かっています、おじさま…いえ ラーシュ様。

 私は…───

[バンッ!!]


「父上!!」


「リイン!?」


『リインにいさま…!』



突如 謁見の間の扉が荒々しく開く。


入室した少年 リインはつかつかと早歩きで、ツイルを背に隠す様に前へ出た。



『にいさま…』


「大丈夫だ、ツイル。俺がいるから」


「…部屋の前には見張りがいただろう、どうやって抜け出した」


「部屋からぬける方法なんて、元から何通りも用意しています。

 そんなことより、父上はツイルを…」


「言っただろう、お前と接触していた時点で存在が露呈したのだ。


 ……もはや、あの森に居させる訳にはいかない」


「っ…やっぱり、父上はツイルを追放する気ですね!?」


「だったら、どうした?」



リインは歯を食いしばって父を睨む。

ラーシュは一瞬だけ表情を変えたが、すぐに冷たい目を向けた。


拳を震わせ俯きながら、リインは口を開く。



「…父上がその気なら…俺だって、考えがあります」


『…! (まさか…)』


「何…?」



ツイルはすぐに気付いた。

このまま続く彼の言葉は、彼自身の“地位”を危ぶませるものだと。

兄が自分の為に言ってくれる暴挙だと。


…だけど、それは絶対に駄目だ。


大切な兄の為に、少女は“覚悟”を決めた。



「俺は、ロンダウ族を───

『だめです!!!』


「「「!?」」」


「……え…ツイル…?」



渾身の大声により、場は静寂に包まれる。

驚愕の表情を浮かべた大人達の リインの視線が自らへ。


それでも怯むことなく、彼女は紡いだ。



『…それだけはぜったいにだめです。

 にいさまは…“あなた”は、みらいのロンダウ族 じきぞくちょう【次期族長】となられるおかた。


 ……私などと、ともにいてはいけないのです』


「! ツイル、お前まさか…!?」


『…ラーシュさま、私の しょぐう【処遇】を…おきかせください』


「(……この者は、この歳で自分の運命を見据えているというのか…)」



一切迷いのない、真っ直ぐな瞳を族長へ向けたツイル。

大人でも過酷に思う程の覚悟を決めた彼女に対して、軽蔑の眼差しなど…忘れてしまった。


ラーシュは一度瞳を伏せ、開くとともに彼女を見据える。


彼にとって、苦渋の決断だったのだろうか…

そう願いたいものだ。



「…ツイル・ロンダウ。

 今この時をもって、お前をロンダウ族から追放する!」


「父上っ!!」


『……リインにいさま』


「!」


『…今まで、おせわになりました。

 私を家族といってくれて、妹といってくれて……あなたのことばにすくわれました。


 ……さようなら…“リインさま”』


「待てよツイル…ツイル!!

 俺が守るって、約束したのにっ…!

 ツイルっ!!!」



再び伸ばされた手は、再び空を切る。

理由は離されたからではなく、一方的だったから。

ツイルは瞳を兄に向けることなく、踵を帰して謁見の間を出ていく。


彼女がロンダウ族から“消えた”のは、それから程なくしてだった。



───こうして、ロンダウ族での日々は幕を閉じた。


次の幕開けは、“あの方”との出会い。



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