-[自由]という名の進むべき道-

□Episode.2【預言なき絶望】
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『ハァ…ハァ…ハァ…!』



エメラルドグリーンの 綺麗な水晶を抱え、汗だくになりながら走る少女。


リッシュテルトはただ、父の為に 彼の書斎へ無我夢中で向かっていた。



『おとうさまの…っ…へやは…! あっ! ここだ…!』



普通の家よりは広いが 貴族の屋敷よりは狭いので、早めに辿り着いた。



『えっと…おとうさまの かたな【刀】……あった!』



修練ではいつも木刀だが、1度見せてもらったことのある 父の刀。

名を 神刀 斑【まだら】

刃紋に斑点模様が彫られた、珍しい刀剣。


部屋も暗く、納刀されている状態だが、壁に掛かっているのがそれだと分かった。



『うっ…うう〜っ!…はぁっ、とれない…!』



しかし、子供の背で取れる位置に飾っていない。



『どうすれば…あっそうだ、イスを…!』



一旦玉を放し、隅にある備え付けのを引き摺ってきて 力任せに置く。

足早にのぼって、刀を外した。



『うっ…おもい…!』



といっても、大人ですら扱うのに 相当の技術がいるもの。

落としそうになりながらも、慎重に下りた。



『これももって……はやく、とうさまのところへ…!』



小さな手で 刀と玉の2つをなんとか抱え、部屋を出る。


息を切らしながら走り、来た道を戻っていた その時…



『あっ!?』



何かに躓き、転んでしまった。

電気の付いていない 暗い廊下なので、無理もないが。


しかし、持ち物は放すまいとしていたので 何処かにとんでいく事はなかった。



『うぅ…いたい…なんで…───』



なんとか受け身もとれたので、打ち付けたのは 肩のみ。

普段からの鍛練のたまものなのだが…


絨毯に手をついた時、ひんやりとした感覚。



『…? みず…?』



感触からして、液体なのだと分かる。

もう片方で持っていた 斑【まだら】を置き、光る玉を 恐る恐る灯りにしてみると…



『………え…』



ただ一言、出た声はそれだけ。


翠の光に照らされて見えたのは、黒。

正体は分からなかったが、ただの水でないことは理解出来た。


人の足が視界に入り、人間だったのにも気づく。

スラッとした女の人の、しかも 見覚えのある靴。


第七核【セブンス・コア】の輝きが、ひときわ大きくなった。

まるで『なんなのかしりたい』という、リッシュテルトの本能に応えたかのように。


数秒だが、倒れている者の顔が見えた。

島民達のような衣服ではなく、エプロンとワンピースが一体化したものを着ている 黒だらけの女性。



『……メ………メル…ラ……?』



そう、メイド服の人物など この家には1人しかいない。


アーディラ家 唯一のメイド メルラ。

目は開いたままピクリとも動かず、そこでやっと この真っ黒な液体は血液なのだと気付く。


人は死ぬと動かなくなり、大量出血は死因のひとつだと 教わったことがあるから。



『あっ…ふぐっ…うぅぅ……!』



暗闇といえど 人の血を見たのは、初めて。


近しい者の死に触れるのも初めて。


ドロドロとした絶望が 心を侵していく中、ほんの少し残っていた理性で 慌てて口を塞ぐ。

今 叫び声をあげれば、メルラを殺した奴に気付かれる、と。


自然と溢れてくる、涙と汗。

荒い呼吸で 体が上下に揺れるも、必死に抑え込んだ。


無理矢理心を落ち着かせるのに、数分。



『…ごめんなさい、メルラ……わたしには…なにもできない…!』



まだ、ほんの少し温もりのあるメルラの手を、両手で握る。

できるだけ小さい声で、何度も何度も 謝罪を繰り返した。


そして、手の甲で涙を拭い 立ち上がる。



『…おとうさまに…かたなを…!』



ただそれだけしか考えないように、また 走り出した。



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