-人に戻れた屍-

□#002【和解 〜大切な存在〜】
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『…今までごめん、テル』


「僕の方こそ…」



さっきまでの明るい表情が一変、俯く莉衣花。


もう既にお互い様な謝罪の傍ら 輝気はほんのり感じた。

より深刻な雰囲気を。



『違うの…私自身の力を話さなかったこともあるけど、私は…貴方が道を踏み外している時 何も言わなかった。

 叱ることも 諭すことも、1番近くに居た私が出来たはずなのに…何もしなかった。


 …最低よ、私』



花沢輝気と岸田莉衣花は、正確に言うと はとこの関係。

はとことは 様々な定義があるが、彼等の場合は 祖父母の兄弟姉妹の子供の子供。

つまり6親等に当たり、血縁としては遠め。


親同士も仲が良く、昔から頻繁に交流が続いていて。

小さい頃からずっと一緒だった。


莉衣花の両親は 不慮の事故で既に他界している。

それでも途切れることなく、ほぼ毎日会っていたのに。


膝上で拳を握り、身体が震える。


座高の関係で 彼には見えた。

瞳を揺らす、水の膜が。



「…リィカ」



バラエティ番組の笑いも響く部屋の中、大音量でもないのに 耳へ届いた。

自分に対して、負の感情を抱いていない声が。


次いで 左手に温かい感触。

紛れもない、隣に寄り添う幼馴染み。



「…たとえそうだったとしても…それでもリィカは、僕に手を差し伸べてくれた。

 僕を見捨てないでくれた。


 ありがとう、リィカ…だから 泣かないでくれ」



にわか雨の中、服や髪と共に崩れ去ったと思った。

友人も 信頼も 何もかも。


ただひとり、彼女だけが傍に居てくれている。

だから今度は自分の番だと。


目尻に溜まった涙を 指で拭う。

少し見開くが、次第に目を瞑って。



『テル…』


「…っ!」



力を緩め 彼の手を包む。

心地良い温度に、頬を擦り寄せながら。



『ありがとう…』


「…どういたしまして」



輝気の思いが、指先からも伝わってくる様に感じる。

少しでも縋り付きたくて、目は閉じたまま握り続けた。


抵抗しない少年はというと、平静を装いつつ 顔は真っ赤。

幸い気付かれなかったが、隠した口元以外から熱が冷めるまで 数分掛かったとか。



『………』


「…リィカ?」



暫くして落ち着いたのか、手を離して 彼を見つめる。

無言が続くので、首を傾げて見つめ返してみると。


一瞬 理解が追いつかなかった。

引き寄せられる感覚と同時に、背中と頬が温かい。


経験不足という訳ではなく、今まで無かったというのが正しいのだろう。

自分より背の高い女性に抱き締められて、顔が胸に埋まるのは。



『…よく頑張ったね、テル……悔しかったね』


「っ…!!」



フードの上から ふわふわと頭を撫でる莉衣花。


それが引き金で、ストッパーが外れたかのように。

瞳から雫が溢れ、頬を伝った。



「っ…う…リィカっ……僕は…っ」


『うん』


「初めてっ…僕と同じ、ナチュラルに会って…っ、でもっ…」


『うん』


「負けたんだ……吹っかけたのはっ、僕だけど…っ…悔しくて…っ!」


『うん、知ってるよ。テルが負けず嫌いなの』



腕の服を力一杯握り、見られたくなくて 顔を埋める。

涙が濡らしても、気にせず撫で続けた。


溜め込んだ感情が出し切れるならと、手を休めずに。



───…



暫くして 泣き疲れたのか、輝気は寝息を立てていて。



『…寝ちゃった』



こんなに近くで寝顔を見たのは久し振りだと、少し懐かしく思いながら。

そのままベッドに横たわらせ、シーツを引っ張り出し 掛けてあげる。


起こさないようにゆっくり立ち上がり、クローゼットへ向かった。



『ルフ、明日はどう?…“熱”…やっぱりね。用意しとかないと…』



起きてから着替えさせるパジャマを用意しながら、机の上でお座りするルフに聞く。

[言ノ葉の知らせ]で判明した単語は“熱”

少なくとも明日辺り、テルが熱を出すのだと予想出来た。

昔から負けてショックを受けると、三日三晩熱に魘されたことがあったので。


『お風呂は…明日身体拭いてあげよっか』と、私物とグラスを片付けていく。

持って帰る折り畳みテーブルとクッションを 玄関へ先に置いてから、ベッド脇に戻った。



『…おやすみ、テル。また明日来るからね』



最後におでこから頭までをひと撫でしてから、消灯し 戸締りする。


自室へ戻り 荷物と貴重品を交換後、外へ出てから 腕時計を見た。



『今は…8時45分ね。まだ間に合う、薬買いに行こ…ルフ!』



後ろを付いてきていた相棒を一瞥して、マンションの階段を降りる。

いつの間にか肩に乗っかっているのは承知の上で、夜の町へ駆け出した。


ドラッグストアが閉まるまで、あと15分。



───こうして、胸に秘めた告白は 幕を閉じた。


次の幕開けは、休日の看病。



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