-陽竜志昇記-

□第2回【崑崙のふんわり仙女:後編】
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時刻は午後10時 亥の刻。


十二仙の仕事で 書斎に篭った玉鼎にお茶を届け、居間に戻る。

次に2人分淹れて、向かいに座る楊戩の前にひとつ。


自分も腰掛け、飲みながら話を続けた。



「…封神計画?」


『そうそう、楊戩知らなかったんだ? まぁあたしも今日、太乙様から聞いたんだけど』



湯呑みに縁付けて啜り 机に置くを繰り返す。

ふと 本日の出来事から振ったのだが、封神計画を知らなかったらしい。



「その 計画【プロジェクト】を、太公望師叔に任せると?」


『らしいよ。あたしは楊戩のことも師叔のことも知ってるけど、2人はお互い会った事ないんだっけ?』


「うん。リミ、太公望師叔はどんな人なんだい?」


『どんな人? うーん…セコ、いや…怠【なま】、いやいや…』



腕を組んで うんぬん悩み出す彼女だが、さっきから出てくる言葉に前向きなものが無い気がする。

徐々に怪訝な表情になってきた楊戩だが、少しして 動きが止まった。



『……うん。楊戩、師叔【スース】がどんな人かは 自分で確かめる方がいいわよ』



ひとつ頷いて、自信のこもった瞳で彼を見る。



「え…どういうこと?」


『あたしの口からじゃ、多分誤った情報を与えちゃうと思うから』


「…ますます意味が分からないんだけど」



楊戩の頭には 疑問が浮かぶばかり。

先程ので、もう既に印象は少々下がっているが。



『だいじょぶだいじょぶ!

 あたし思うんだ、楊戩と師叔は、近いうちに会う気がするの。例えばさっき言った、封神計画とかでさ』


「確かに、そんな大きなプロジェクトなら是非手伝いたいけど…だったら僕自身が完遂させたいね」


『出たよ完璧主義…楊戩らしい』



腐れ縁の見慣れた態度に、 苦笑じみた笑顔を向ける。

若干呆れを含んでいるものの、否定はしない。



「…ねぇ、リミ」


『なにー?』



そんな彼女を好いているからこそ、期待してしまう。



「…もしもの話だけど、僕が封神計画を請け負うことになったら……」


『なったら…?』



立ち上がり、焚播龍美の左隣に歩み寄る。


座ったまま見上げる 彼女の頬に手を触れ、目を細めた。



「(その時は…僕の、そばに…───)」



避けもせず、自分から目を離さない。


このまま 想いを伝えてしまおうか。


1度閉じた口で、息を吸い込んだ時。



「楊戩、焚播龍美」


「…!」



思わぬ所から、声を掛けられた。

反射的に腕を引っ込めて、そちらを見る。


該当者は、この洞府でただ1人しかいない。



『あ、玉鼎様! 仕事終わったんですか?』


「ひと段落着いたよ。

 食後のおやつに、月餅【げっぺい】でも食べないか?」


『わぁ、食べます食べますー! 厨ですよね、あたし取ってきますよ!』


「あぁ、頼む」



玉鼎真人の姿を見つけ、リミも立ち上がる。


因みに月餅とは、名前の通り 月に見立てた丸いお菓子。

固めの生地の中に 餡子が入っているものが主流で、この時代からよく食べられていたそう。


何処に置いているかくらい 詳しく聞かなくても分かるので、すれ違い 奥へと駆けていった。



「…師匠、わざとですよね」



姿が見えなくなってから、彼へ向き直る。

ひとことに充分な怒気を含んで。

図られたのは 明らかだったから。



「楊戩、そう怒るな。

 ただお前も分かってるだろうが、あの子は自分への恋慕に関して とことん鈍い。

 本気なら、場所と時間とタイミングを考えることだな」


「分かってますよ…!…昔からずっと、一緒にいるんですから」



師からの助言に、つい反抗してしまう。

邪魔されたという悔しさと、元から自覚していることだから。



「ふむ…天才道士ですら手こずる焚播龍美も、大したものだな」


「真顔で言わないでください…」



それでも上手くいかないのは、彼女の鈍さゆえか。


原因はどうあれ、本気で悩んでいるため 冗談も笑えない。

ただ 玉鼎はドがつく真面目なので、おそらく真剣に評価していると思う。



『お待たせ〜!…あれ? 2人共なんで立ったままなの?』


「何でもないよ」


「気にしないでください」


『…?』



ぱたぱたとおぼんで、紙包みの月餅が入った籠を持ってきた彼女。

男2人が席も着かずに向かい合っているのが不思議に思い、聞いてはみたが 揃って返事される。


今度は焚播龍美の頭に、ハテナが浮かんだ。



「…だがな 楊戩、うかうかしてると…誰かに取られてしまうぞ。例えば…私とかな」


「えっ…」



とりあえず 机に向かい、お皿の用意を始めたリミ。

彼女を追う形で、弟子の横を過ぎる際 小声で零す。

楊戩だけ、聴こえるように。



「焚播龍美、お茶は私が淹れよう」


『ありがとうございます〜』



2人のと自分の湯呑みを回収し、新しく点てる。


後ろで呆然とする彼は、次第に拳を握り始めた。



「(…たとえ師匠でも……絶対に渡さない)」



まさか義父ともいえる人から 宣戦布告されるとは思わなかった。

だが到底身を引くつもりは無い。

完璧主義であるため、尚更。


ある日の仙人界で、静かに戦いは始まった…らしい。



───こうして、計画実行前は 幕を閉じた。


次の幕開けは、変わらぬ現実。



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