-陽竜志昇記-

□第2回【崑崙のふんわり仙女:後編】
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『着いたー! 玉泉山久しぶりー!』


「最近お互い忙しかったからね」



十二仙がひとり 玉鼎真人の住まい 玉泉山。


とげとげしい岩場に いくつかブランコが釣り下がっており、金霞洞からすぐ近くにある。

同じような景色は 崑崙山周辺にもあるのだが、1番行き慣れているのはこの場所なのだ。


先に降りた彼女は 腕を掲げて背伸びしていたが、哮天犬を戻したくらいに ぴたりと動きが止まる。



『……ねぇ楊戩』


「はい」


『それ!』


「えっ…どれですか?」



勢い付けて振り返り、むっと頬を膨らませて。

人差し指なのに人を指さしちゃダメ、は この際スルー。


突然で理解が追いつかず その顔も可愛いとか考えつつ、楊戩は次の言葉を待った。



『なんで敬語になるの!!』


「…!」



まさか、自分の口調について指摘されるとは思わず。



『…今日楊戩よそよそしいっていうか…あたし、貴方に何かしちゃった…?』


「ち…違うんですリミ! あ、いや…違うんだ!

 その…仙人の免許を取ったから、他の道士達の手前 特別扱いするなって…元始天尊さまが…」



小動物のようにしゅんと落ち込む彼女に、慌てて弁解する。


実は取得して日が浅く、権利はまだ振りかざせない。

加えて最高責任者である爺から、日頃の過剰表現(?)を注意されたのだ。


さっきも言っていたが 最近忙しくて、2人は久し振りに会ったのもある。

同時に些細な違和感を、気にしてくれたんだと。



『…じっ様が…? あんの老いぼれ、サボってる癖にぐちぐちと…』


「リミ、口悪くなってる」


『必然よ必然』



元始の名前が出た途端 眉を寄せ、腕を組んでブツブツ零し始める。

一応お互いの上司なので注意するが、遠慮しないのが焚播龍美。



‘ぶぇっくしょいっ!!’


‘元始天尊様!?’


‘むぅ…誰か噂しとるかの…?’



一方その頃、玉虚宮では 大きなくしゃみがひとつ聞こえたという。



『はぁ、もう…楊戩の幼馴染みってだけなのに、細かいんだから…』


「(それ以上の関係になりたいと思ってますけど)」


『…でも、じっ様の言うことにも一理あるし……あ、そうだ』


「…?」



ポンッと掌に拳を打ち、何か思い付いたようだ。

首を傾げる彼に向き直るリミは、幾分かご機嫌に見えて。



『楊戩、2人だけの時は 敬語禁止ね』


「…っえ!?」



ナイスアイデア、という感じに また指を立てる。

さっきとは別の意味で、だが。


それより『2人“だけ”』という言葉に大きく反応した楊戩。



『…やっぱ嫌?』


「い、嫌じゃないよ!! ちょっと驚いただけだから…


 その…僕のこの口調は、もうクセになってる所もあるんだ。

 師匠と話してる時とか、他の十二仙とか…だからたまに戻ってしまうこともあるけど…キミと普通に話せるように、善処するから」


『うん! ゆっくりでいいよ』


「…ありがとう」



最後にはニコリと笑顔になる彼女が愛しくて、自分もお礼と共に 笑みを零す。

はたから見れば、美男美女の見つめ合い。


…言っておくが、付き合ってないのである。


ところで此処は、金霞洞の入口。

結果 かなり騒いでしまっているので、住人に気づかれないわけもなく。



「…おや。おかえり 楊戩、焚播龍美」



洞府の奥から歩いて来た、紺の長髪を携えた男性。

2人の姿を見て、驚くでもなく迎えてくれる。


十二仙でトップの実力を誇る彼 玉鼎真人。

楊戩とは師弟関係であり、焚播龍美にとっても 幼い頃から面倒を見てくれたので 父親代わりでもある。



「師匠、ただいま戻りました」


『玉鼎様ー! お久しぶりです〜!!』



彼女から視線を外し、玉鼎へ一礼する。

対して彼の姿を見た瞬間、目を輝かせ 走り出した。

遠慮なく飛び込み、突進の勢いで抱き着く。



「おっと…! はは、久し振りだな焚播龍美。相変わらず元気そうだ」


『あたしは元気が取り柄ですから!』



驚きはするが、しっかり受け止め 頭を撫でてくれた。

心地良さに笑顔を浮かべる焚播龍美につられ、玉鼎も微笑む。



「………」



その後ろで 師匠を見つめ…いや、正確には少し睨んでいる弟子。

彼にとっても家族だが、恋慕が絡むとそっちを優先。

もちろん気付かない義父ではなく、一瞥してからやんわりと彼女を離した。



「…ところで、今日はどうしたんだ?」


『あ、そうだった…楊戩には許可貰ってますけど、今日泊まってってもいいですか?』


「あぁ、いつでも構わないよ。ここはお前の家でもあるんだから」


『やった〜! あ、これ黒豆煮です。良かったら晩御飯にでも食べて下さい』


「おぉ、助かるよ。焚播龍美の料理は美味しいからな」


『あははっ、楊戩と同じこと言ってます〜!』



親子が似るように、師弟も似る。


金霞洞に入ってからも話は尽きず、あっという間に夕方。

玉鼎メイン支度の晩御飯の1品に 黒豆が並んでいたとさ。



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