-陽竜志昇記-

□第2回【崑崙のふんわり仙女:後編】
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崑崙山の周辺には 浮岩と十二仙、そして何名かの山がある。


玉鼎真人門下の楊戩は 彼の玉泉山に身を置いているが、雲中子や竜吉公主はそれぞれの洞府。

誰の弟子でもない焚播龍美も、2人と同じように 自分の住まいがある。


その形状から名付けられた 龍鏡山【りゅうきょうざん】に。



「着きましたよ」


『ありがとー! すぐ戻るから、ちょっと待ってて』



かなりの高空域をものともせず、目的の 枝束洞【しだばどう】に着いた。

背中から下りて、同行者に軽く手を振る。



『…ただいま』



すると 入り口で止まり、見上げて一言。


さっきもいったが、龍鏡山はその名の通り 龍と鏡がある。

人間のような四肢を持つ龍がしゃがみこみ、鋭い爪が生える掌の上に 大きな丸鏡が回っていて。

まるで本物のような石像の地下に、洞府があるのだ。


龍を少し見つめた後、彼女はくだり階段を下りていく。

後ろでその様子を見ていた楊戩。



「(…いつもそうだけど…リミはこの石像に挨拶してるし、1日に1度は帰ってる。

 日課だから聞く機会を失ってるけど…何かあるんだろうか…───)」



待っている間 暇なのもあり、同じように見上げてみる。


長い口に 巨大な翼。

とげとげの尻尾と、爬虫類のような鱗。

常に回転する鏡は、今の時代でいう灯台の役割を果たしていて。

夜でも月明かりが反射して光っているため、人間界から戻る仙道にとって目印となっている。


この山は無くてはならないものだが、そもそもいつから此処にあるかは知らない。

焚播龍美が生まれる前からあるのだろうか…何故彼女の住居になっているのだろうか…


色々考えながら、じっと龍の顔を見続けていた時。



「…っ!?」



光の無い石像の瞳が、こちらに視線をさげた。

無機物のはずなのに。

流石の彼も驚いて、固まってしまう。



『お待たせ〜!…って、どうかしたの?』



ちょうど階段を上がり、灰の髪を揺らしながら戻ってきた山の主。

いつもなら微笑んでくる幼馴染みの様子がおかしい事に気付き、首を傾げる。

彼女の帰還に、そちらを一瞥するが また上に戻った。



「い…いえ、あの…目が…」


『目?』


「石像の目が、動いたような気がして…」


『…!』



彼の言葉に 少し見開いて、石像を見上げる。

何の変哲もない龍を。


暫く2人は同じ状態だったが、先に楊戩が視線を下げて。

次に焚播龍美を見るも、その横顔と細められた目に ほんのり真剣さを感じた。



『……楊戩、疲れてるの?』



しかし次の言葉は、溜息混じりの苦笑。

明らか小馬鹿にするような顔で。



「つ、疲れてないよ! 早寝早起きを心掛けてるし、適度な修行を…」


『…ぷっ、知ってるよそれくらい〜! なにムキになってんの〜…ふふっ、あっははは!』


「ぐっ…リミ〜!」


『わわっ、そんな怒んないでよー!』



まさかの返答に、つい口調が子供の頃に戻ってしまう。

しかも少し慌ててしまった事が、彼女のツボにヒット。

膝をバシバシ叩きながら、お腹を抱えて笑い出した。


プライドの高い楊戩は 悔しさで拳を握り、普段ならほぼ無い大声を出す。

追いかけられそうな勢いもあったので、リミは哮天犬の後ろに隠れた。


もちろんお互い、少し笑いながら。



『…まぁ今見てても特に変化は無いし、もしまた見かけたら教えてよ』


「はぁ…分かりました。では行きましょうか」


『うん』



やっと落ち着いたくらいに、今度こそ玉泉山へ行く準備を。


まず彼が乗る間、もう1度石像を見やる。



『(…心配しなくても、楊戩は悪い人じゃないから…多分)』



方向的に彼は見えなかったが、その眼差しはとても優しく。

心の中で零し、振り返って次に座った。


先程と違い、手元には 何かを包んだ風呂敷が。



「…あれ、それは?」


『昨日黒豆煮作ったの。お裾分けにと思って…』


「あ、助かります! リミの料理は美味しいんですよね」


『えへへー、そう言われると嬉しいな〜』



独り暮らしだと、自然に家事全般が身につく。

よっぽど才能が無ければ。

人並みにある焚播龍美も、3桁の年月は無駄ではなく。

寧ろ評判の域に達しているので、腕は確か。



「(これなら将来も安泰ですね、僕)」


『(何頷いてんだろう…?)』



ふわりと浮かんだ哮天犬の上で、うんうんと首を振る楊戩。

その真意が分からず、頭にハテナが浮かぶ焚播龍美。


完全にあべこべな心中であった。



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