-孤独の戦士-

□code.5【似非双子の災厄:後編】
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『ココアで良いですか? もうこんな時間ですし…』


「あぁ、それで頼む…」


『分かりました。狭い部屋ですけど、楽にしてください』



中央辺りにあるテーブルに案内され、座布団に座った。


軽い上着を羽織った後、アユはコンロでお湯を沸かし始める。

薄黄の長髪が揺れる背中を一瞥してから、彼は部屋を見渡した。


生活感はあれど、散らかっている印象はない。

むしろ片付いていて、いささか殺風景。

あまり物を置かない性分なのが窺える。


…しかし、嵐山の位置から見えてしまった。

ベッドの上に、触り心地の良さそうな うさぎのぬいぐるみが乗っているのを。



『お待たせしました』


「…! あぁ…ありがとう」



振り向くと、両手に色違いのマグカップを持っている彼女。

目の前に青の方をそっと置いてくれて、一言御礼の後 受け取った。


向かいに座し、赤の縁に口付ける仮峰につられ 自分もひとくち。

ほのかな苦みと まろやかな甘さが広がり、つい「美味しい…」と声に出てしまった。



「あっ…と…」


『いえ、お粗末様です。

 玉狛でよく作ってましたので、自信ありましたから』


「(! 笑った…)」



ネアである時は 仮面の所為で、表情など判るはずもなく。

加えておしゃべりでも、明るい性格に見受けられる雰囲気でもない。


顔は初めて見たのに、初対面ではないおかしさ。

だけど 嵐山自身「ネア」が笑みを見せた事に、新しいものを発見した感覚だった。



「…ん? 玉狛…って言ったよな、今」


『はい、私は約3年前まで 玉狛に住んでましたので。

 きりえやじんとは、長い付き合いです』


「そうなのか!

 …あ 道理でさっき、俺と迅を間違えたわけ訳だ」


『まぁ…似てますからね、御二人』



「…そんなに似てるか? 迅に…」とぽりぽり頬をかく彼に『はい、かなり』と即答。


それからは主に、嵐山から仮峰への連続質問。

何故なら 情報量が圧倒的に少ないのは彼女の事だから。


【ネア】は隊員としての名で、日本名は「仮峰 鮎」なのだとか。

この部屋が隊室ではなく、1人暮らしの住居なのだとか。

今日出会ったC級隊員 三雲修とは友人だとか。

弟妹達と同級生で、1年の時にクラスが同じだったとか。



『…あ、そういえば あらしやまさん。

 ここに来たのって、私に用があったからじゃないですか?』


「おっと…そうだった!

 すまない、すっかり頭から抜けてしまっていた…」


『いえ、気にしないでください。それで、えっと…?』


「(気遣いの出来る子だな…)実は、今日の事なんだが…───」



ある程度話し終わり、キリのいいところで そもそも彼が何故ここに来たのか、である。

改めて 丁寧さに感心しながらも、順を追って話し始めた。


本日 三門市第三中学校敷地内に、突如現れたイレギュラー 門【ゲート】

警戒区域外の為 隊員が急行するにも距離があり、嵐山隊が現着した頃には 被害が目に見えていた。


しかし、害といっても対人は一切無く 校舎の一部が破壊されただけ。

何故そうだったのか、調べてみれば発覚する。


当校在学生のC級隊員 三雲修、そして ボーダー本部 殲滅処理課 ネア。

2人の活躍によって、計7体もいたモールモッドは全て駆逐されていたのだ。


それだけならまだしも、今目の前にいる少女は 自分の妹を救ってくれて。

兄として 感謝を望む弟妹達のために、話すだけでもと思い立ったのが 此処へ来た理由である。



『…成程、そういうことだったんですね。

 ですが、御礼されるような事してませんけど…』


「何言ってるんだ! 副も佐補も、俺だって感謝してる!


 仮峰さん、佐補を救ってくれて 本当にありがとう」


『え』



声がだんだん大きくなっていくと思えば、立ち上がって 90度のお辞儀。

彼らしいといえばそうなのだが、まさか自分がされるとは予想していなかった。



『ちょっ、あらしやまさん…!? 頭上げてください…!』


「いや、そういう訳には…!(あれ…? また、さっきの香りが…)」



嵐山の行動に 慌てて立ち上がるアユ。


一向に頭を上げる気のない男には、先程も感じた 心地よい香りが。



『っ…チッ!』


「…!?」



これ以上 口で言っても駄目だと思った彼女は、舌打ちの後 ある行動に出た。


同時に、香りはしなくなる。


代わりに 嵐山の顔と、仮峰の顔はかなり近かった。


鮎は俯く准の頭を掴み 前を向かせ、自分も目線を合わせる為に近付けたのだ。



『私、目上の人間に頭下げられるなんて偉い奴じゃないです。

 だから、私なんかに頭下げないでください!

 …御礼の事は、有難く戴きますから』



若干眉を寄せて 声音も低めに。

目は真っ直ぐ捉え、外さない。


否、嵐山自身も 瞳を逸らせず、逸らしたくなかった。



「…あ…あぁ……分かった…

 (ち…近い……会った時から思ってたが……綺麗な顔だ…)」



女性の顔がここまで傍にくる事自体、彼には経験が無い…多分。

加えて、日本人離れの整った容姿。

受け答え半分 見惚れる半分で。



『…? あらしやまさん、顔紅いですよ?』


「え、あっいや、大丈夫だ…!」



だが、自分の行動が影響しているなど“そういう事”に疎い彼女は気付かなかった。



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