-Sham Gud ulv-

□#eitt【聖戦の序:前編】
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時は過ぎ、その訪問者が帰った後。



「…思いの外簡単に承諾してくれましたな、彼は」



この教会から 歩いて帰路につく男、璃正の息子 言峰 綺礼。


彼の後ろ姿を見送りながら、時臣は零した。



「教会の意向とあらば、息子は火の中でも飛び込みます」



隣の璃正は 不安の色などなく、そう答える。


先程から「承諾」だの「教会の意向」だの言っているが、これは【聖杯戦争】と関わりがあること。


突如として令呪が顕れた綺礼と、遠坂家として必然の参加者である時臣。

本来ならば敵同士になる彼等が、秘密裏に同盟関係となったのだ。

しかも2人だけでなく、メリルのマスターであり 監督役である璃正も。


彼が 3年も早くルーラーを召喚したのは、この同盟を 直に見せるため。

彼女としては マスターの意向に逆らう気は無いのだが、密談を陰で聴いておけ、と仰せつかう。



『………』



その際、綺礼の姿を見たメリル。


そして 浮かぶ疑問。



『(あれが、璃正の息子……ねぇ…?)』



密かに 若い頃の璃正とそっくりだと思いながらも、何かが違う。

本当に息子なのか、と疑う程に。



『(…なーんか気に入らないなぁ…あの“目”)』



それは【光の無い瞳】

何かを写さない、写そうともしない。

何も望まず、欲望が感じられぬ。

からっぽ。

虚無。


蔑むよりも、まず『好きになれない』と思った。



『(…ま、いいや…)』



とりあえず、関わらないわけにもいかない状況となったので、深く考えるのは止める。


マスター達の会話が途切れた頃を見計らい、静かに近付いた。



『璃正』



彼らからすれば、2人分離れた所から話しかける。

マスターと敬語のない関係だが、サーヴァント【使い魔】という存在なので。



『一応聞いておくけど、これからあたしは何をしたらいい?』


「…ふむ、そうだな……お前にルーラーとして働いてもらうのは、3年後になる。

 私もすぐには冬木に行かん。


 それまでは、自由にしてくれて構わんぞ」



璃正は カソックのポケットから何かを取り出し、メリルへと放り投げる。

なんなく左手でキャッチし 手を広げると、

3桁の番号と 建物の名前らしきものが刻まれたプレートの付いた鍵が。



「それは冬木の中心地にあるマンションの鍵だ。

 追って住所は知らせる。


 聖杯戦争が始まるまでは、そこに住むといい。

 金銭や生活品は、部屋に揃っているからな」



マスターからの“命”を聞き終えると、ニヤリと口元を歪める。


おそらく、予想していたのだろう。



『さっすが璃正! 分かってる〜!

 じゃあご命令通り、自由にさせてもらうわね!』



『ふんふ〜ん♪』と鼻歌混じりで 璃正と時臣がいる手すり付近に近付き、ヒョイッと飛び乗る。



『では時臣、後日改めて 貴方の所へ伺わせてもらうわ。

 ルーラーとしての“御挨拶”にね』


「あぁ。その際は歓迎しよう、メリル」


『ふふっ ありがとう。じゃあねぇ〜、2人とも!』



満面の笑顔で手を振り、前へ踏み出した。


足場の無い 空中へと、だ。



『白鳥の羽衣【フラズグズ・スヴァンフヴィート】!』



落ちていく最中、紡がれた言葉。

すると、腰に巻かれている薄布が 光り輝きながら、形状を変えていく。


地面へ到達する前には、真っ白の鳥…白鳥の翼に。

1度羽ばたいたのち、落下から上昇へ。


そのまま、教会から見えぬ遠方へと 飛び去っていった。



「…今のが、彼女の宝具なのですか?」



自然と見送る形になっていた時臣は、既に見失った方を向きながら零す。



「あれは宝具ではなく、概念礼装の類で 白鳥の羽衣【フラズグズ・スヴァンフヴィート】

 ワルキューレ伝説に登場する 白鳥へと姿を変えられる代物で、魔力の持たぬ者には 白鳥に見えるらしい。

 あれぐらいならば、メリル自身の魔力で扱えるので 預託令呪は使わなくていい。


 他はそうはいきませんがね…」



瞳の見えぬ、苦笑。

しかし決して、不機嫌ではない声調。


隣の赤い魔術師は、ほんのりと 眼に視えぬ絆を感じた。



序章の幕は、まだ下りていない。



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