ウォーターリリーの涙のワケ
□結果の見える負け試合
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「いらっしゃいませー」
ここは地元のファミレス。
事あるごとに私たち3人はここにきた。
試合で勝った時、負けた時、喧嘩した時、仲直りするとき。
いっつも私たちはこの安いいらっしゃいませが響くこのファミレスが集まる場所だった。
「よう」
「ひっさしぶりだねぇ、乃彩ー」
だから今日も。
少し機嫌の悪そうなはじめちゃんとにこにこといつもの笑みを絶やさない徹ちゃんが私が持ってるジャージとは違うものを着て現れた。
「二人とも、久しぶり」
詰まりそうになる息も。
うるさく鳴り続ける心臓も。
姿かたちだけを変えて中身は全然変わってない、中学に後戻りしたみたいだ。
「いやーここ久々に来たね、岩ちゃん!」
「うるせーぞ、クズ川」
「ひど!ひどくない!?」
長身の二人が私の迎えの席に仲良くとまではいないけれど、いつもと同じような会話を繰り返しながら席に着く。
二人の視線が私に集まる。
何か言いたげなはじめちゃんの視線が痛かった。
「ねー何食べる?俺はねー、グラタン食べちゃおっかな☆」
「いらんマーク飛ばすんじゃねぇアホ川」
「ほんと、岩ちゃん今日は冷たいな!乃彩は何か食べる?」
「え?あー私はいいかな。暑いしなんか食欲ないんだよね。ドリンクバー頼むよ」
「バカ。夏バテになんだろ。肉を食え」
「肉を食えとかバカっぽいよ、岩ちゃん!」
「お前のグラタンの方がアホみてーだろ」
「でも、グラタンは美味しいよ?」
「ほらー乃彩もそう言ってるじゃん!」
高校生3人がメニューと睨めっこして真剣に言葉を交わす。
けれど、ぷっと徹ちゃんが噴出したのを機に3人で大笑いした。
全然変わってない。
中学に戻ったみたいだ。
「二人とも怖い顔してたから及川さんが気回す羽目になったじゃーん」
「してねぇよ」
「いや、してたよ。はじめちゃんの視線痛かったし」
「はぁ!?」
「そうなの!岩ちゃんは真剣な目すると人の心臓に穴開けちゃうからさ!」
「それなんとなくわかる」
「まじかよ」
とりあえず注文しよーと言った徹ちゃんがピンポンを押した。
するとやる気のないバイトがやって来て注文を聞くとそそくさといなくなる。
空気が柔らかくなっても私の心臓は全速力したみたいに激しく音を立てていた。
「乃彩はミルクティーだろ、クズ川は水だな」
「あ、私行くよ」
「いい。乃彩は座っとけ」
「岩ちゃん、俺はオレンジジュースがいい」
「水な」
そう言って席を立つはじめちゃんはやっぱりカッコイイ。
それに私が中学時代大好きでよく頼んでいたミルクティーのことも覚えていてくれた。
こんなの嬉しすぎて息が苦しいだけだよ、はじめちゃん。
無駄な期待なんかさせないで。
じっと背中を見つめる私の視線に徹ちゃんの顔がそれを遮った。
「じっと見ちゃって妬けるなぁ俺」
「…見てないよ」
「うそ、見てたでしょ」
「…意地悪だよね、徹ちゃんはほんと」
心を見透かしたように言う徹ちゃん。
いつだってそうだった。
そうやって私を助けてきてくれた。
その代わりに私はたくさん傷つけてきたけれど。
「…俺らと違うところに行ってみてどうだった?」
それは私を責めているようにも聞こえた。
きっと徹ちゃんはそんなこと思ってない、だって応援するといつも言って心配ばかりしてくれる人だ。
それでも、3人の夢から逃げたことを問いただされているような気分になった。
「何も…何も変わらなかったよ」
変わりたいと願えば願うほど私は過去にとらわれた。
どうしたってまだちゃんと前に進めてない。
進むために3人の夢から逃げて、はじめちゃんから逃げて箱学に進学したのに。
「そっか。でも、何も変わらなかったわけでもなさそうだね。あの日俺に岩ちゃんを頼んだ乃彩は雰囲気が違う」
その笑顔がまぶしかった。
それでちゃんとわかった。
徹ちゃんは・・・・前に進んだんだ―――。
そんな時だった。
「徹、なんでアンタここにいんの!?しかも女と一緒に!!幼馴染と会うとか言ってなかった!?」
それはとても可愛い女の子だった。
見た目は。
うわ、とってもきつそうな子だなぁ・・・。
けれど徹ちゃんはそれに満面の笑みを返した。
「この子が幼馴染だよ。でも、もう俺が聞きたかったことも聞けたし元気そうだし、もうお役御免だよね?」
「え?」
「グラタンは食べていいからね!岩ちゃんに奢ってもらいなよ!!じゃ、俺行くねー!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと!!」
「ちゃんと、話しなよ」
そうウインクを残した徹ちゃんは彼女と思われる可愛い女の子の肩を抱いて行ってしまう。
私はその天気雨みたいな予想外な出来事に茫然と見ていることしか出来なかった。
え。
ちょっと・・・・ちょっと待って。
これじゃあ、はじめちゃんと二人きりってこと・・・?
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