st.dream...
□抱きしめてみたらいいのに
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ドラマ終了後の話/新入り美人管理官噂の高嶺の花子さんヒロイン
みょうじなまえという人間は非常に不思議だった。
艶のある黒髪も、透き通るような白い肌も、赤いルージュの塗られた唇も、色素の薄い茶色がかった澄んだ瞳も、普通の距離を保ってもわかる程の長く彼女の瞳を守る睫毛も、ほんの少し桃色に色付く頬も、文句のつけ用のないピチリと婦警服を着こなしたその体ですら此処警視庁にいる男たちを魅了するだろう。
艶やかで、華やか。それでいて凛とした高嶺の花という言葉が良く似合う。
けれども、不思議と彼女からは清純さを感じさせられる。何故だ。
そういう意味では、我がSTの限界という限界までいつも素肌をさらけ出している翠とはまた違った美しさや色っぽさを持っているのだろう。
「あら、赤城さん。こんにちは」
「……あぁ」
そんな彼女は、ミスター百合根がSTのキャップを退き、それと同時にそのキャップの席にはまった池田の後釜だ。つまり理事官補佐、管理官と呼ばれる役職に付いている。
そのせいで、幾度も俺たちSTと捜査について口を聞いていて、その時から一歩引いたところから見られていたSTの連中を特別扱いすることもなく関わってきた。
ミスター百合根がいた頃から、実績は残していたからか大袈裟ないじめは無くなったもののそれでもいい顔する連中ばかりではない。人間なんて所詮はそんなものだ。
それでもみょうじなまえは、俺たちに普通に、逆に普通すぎるくらい普通に接してくる。それすら不思議だ。
「珍しいですね、赤城さんが此処に来るのは」
「勘違いするな。偶然だ。外の空気を吸おうと思っただけだ」
「あらあら、いつも私がお昼は此処に居ると知っていらっしゃるはずじゃあありませんか」
私に会いに来てくれたのかと。
赤い唇で弧を描き、そう言葉を紡ぐ。
俺は不覚にもその姿に言葉を失った。
俺はおかしい。耳に張り付くようなそのまったりとした口調が俺の意識をどうにかしているようだ。
こいつを前にすると、心拍数は上がるし、体温も上昇する。怒りにも似たその症状は、恐らく怒りではない。
確かに、俺は彼女がこの密かに人の少ない中庭から少し隠れた場所を愛用していることは知っていた。彼女はその容姿ゆえに一課のデスクに行けば男たちがよってたかる。食堂に行ってもそれは変わらず。それを思うと少し腑に落ちない気持ちもあるが。兎に角彼女は人気のないここを利用しているらしかった。
人のいないところを好むのは俺も同じで、そのせいで本当に最初はたまたま此処で会った。たまたまだった。彼女は、その時に、赤く染まる唇の前にスラリと長く白い人差し指を添えて、ベンチに腰掛けたまま上目使いで俺に「ふたりだけの、秘密の場所にしませんか?」なんて言っていたのはとても鮮明に覚えている。
「勘違いするな。此処はもともと俺も気に入っている場所だったんだ。後から来たのはお前だろう。警視庁にも俺の方が長く居るんだからお前の方が後から見つけているだけだ。よって俺はお前の為にここにいるわけじゃない。以上だ、反論は聞かない」
「そうでしたか」
くすくすと笑う彼女は、俺には何も言い返さない。
それはもちろん、俺が反論は聞かないと言ったからで。でもなにか含ませたその笑い方に俺は不満を覚え、眉間にしわを寄せた。いや、どうせろくでもない。意見なんて聞いてやるものか。
そう心の中で決めたにも関わらず、お手製らしい小さすぎるほどの弁当を崩さないように横に置くその仕草に視線も思考回路も全て持っていかれた。
「赤城さんは……いえ、やめておきます」
「俺がなんだ」
「反論は聞かないとおっしゃったじゃないですか」
「……聞いてやる。言ってみろ」
俺のその言葉を待っていた様に彼女は、微笑みながら一人分空けて同じベンチに座っている俺にぐっと寄ってきて、小首をかしげて、泣いてるわけでもなんでもないのに潤んだその瞳で俺を上目使いに見てくる。
「私に、お話があるんじゃないのかと思ったんですけれど」
どうでしょう。
疑問符なんてないままの疑問。
その視線に見られるとどうしても呼吸が辛くなってくる。何故だ何故だ。
こいつといると、全然解決されない謎が沸き起こってくる。
「……俺は、お前といると」
「はい」
そこで言葉を区切ると、相槌を挟むみょうじ。
ちらりと横を伺えば、その視線は俺だけを捉えていて そのまま、俺だけを見ていて欲しいとすら思った。
でも、すぐにその艶やかな唇や、白い肌に視線が滑らされてしまい、どうも背徳的な気持ちになってさっと視線をそらす。
「その視線も、身体も、唇も、俺だけが独占したいと思うし、抱きしめたいとすら、思うんだ」
対人恐怖症で、女性恐怖症。そんな俺がお前に対してそんな感情を抱くなんておかしいだろう?どうしたらいいかも、わからないままに。
一匹狼のはずが。お前のぬくもりだけを求めてしまう。
でもわからないんだ。
俺の気持ちはどこから来るものなのか。なぜそう思うのか。
ちっとも解らないんだ。
俺の言葉たちを聞いた彼女はどんな反応をするだろうか。
ふとそんな事を思い、慌ててとなりに視線をすべらせれば先程と変わらず楽しそうに揺れる瞳と視線が交わった。
彼女は、「そんなの簡単ですよ」と俺をその瞳に映したまま告げた。
抱きしめてみたらいいのに
(分からないのなら試してみればいいじゃないですか)
そいつの楽しげな声に、俺は真っ赤な顔を隠すように目の前のみょうじを抱きしめるのだけど
俺の腕の中でクスクスと肩を揺らす彼女は、こんなにも細かったとか、こんなにも柔らかかったとか、邪な感情だけがやはり湧いて出て、こんな感情はお前にしか抱いたことがないんだ。
この気持ちの答えは彼女が先に口にした。
あぁ、なるほど。いつぶりだろうか。
「私も赤城さんのことが好きです」
誰かを愛するというのは。
まるで俺の答えもわかっていたように笑う彼女は、流石の推理力だと脱帽してやってもいい。
でも俺もお前が謎解きを口にすると同時に答えに行き着いたんだから、此処は引き分けにしておこう。
なんて戯言をほざいたところで、俺は腕の中で幸せそうに頬を緩ます女に敵わない。
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「(あれってもしかして、赤城さん?久しぶりだなぁ!)赤城さ……」
ってえぇ!?
久しぶりにこちらに出向いた百合根が、幾度かしかあった事がないにしろ、赤城と同じようにひと目で心を奪われた噂の管理官をその腕に抱いて微笑む赤城に色々とキャパオーバーになるのは、ほんの数分で。
はっと我に返った彼は慌ててSTのラボに久しぶりに顔を出したにも関わらず、大袈裟に今見たことを話すのだがそれをSTメンバーに信じてもらえずあしらわれるのもほんの数十分後の話。
「ぼ、僕の憧れのみょうじさん!!!」
「はいはーい。夢は寝てみるものだよミスター」
「くそー!赤城さんめ!ちょっと目を離した隙に!!」
「男の嫉妬って見苦しいわね」
「………」
「“でもキャップの気持ちは分からなくない”と仰っています」
「百合根、仕事の邪魔するつもりなら帰ってくれないか」
「池田ぁ!!」
そんないつも以上に混沌としたSTラボに噂の張本人である赤城が帰ってくるのは、まだもうしばらく後の話。
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