st.dream...

□いくら幼なじみでも、信用できるとは限らない
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幼馴染みヒロイン/黒キャップ注意










ぐらりと体の力を抜いて、脱力しながら後ろに倒れ込むと気持ちのいいスプリングが私の体を弾ませて受け止めてくれる。
現実には私のことを受け止めてくれる人も、心を弾ませてくれる人もいない。


「あーあ。運命の王子様はいつ来るのかなぁ」


「いい歳してそういうこと言っちゃう人のところには来ないんじゃない?」


私の独り言にも近いぼやきに予想外にも返事が返ってきたけれど、驚きはしない。そろそろ帰ってくると思っていたからだ。
仕事が終わって、幼なじみである彼、百合根友久の家に上がり込んで彼の部屋でくつろぎ始めたのは三十分ほどまえのこと。彼はグラスを二つとお酒、それからつまみもその手に持つトレイには乗せてあるみたい。
ちょっと引いた、と言いたげな顔で私を馬鹿にする友久にクッションを投げつけてやりたかったけど私のおつまみとグラスのためにやめた。



「だって、こないだの取引先のお兄さんはうちの後輩受付嬢に取られちゃったんだもん」

「また玉の輿?」

「ずっと玉の輿狙いですー」


私は決めてんだから。
カッコ良くて、何処に出しても恥ずかしくないような素敵な素敵なお金持ち。そんでもって、家庭を省みる優しい優しいひと。仕事は特にこだわらないけど収入が安定していて、エリートっぽければいいや。あとは私のことも甘やかしてくれて、時々食事に連れていってくれる人。私がサボりたい時のために家事も出来るといいなぁ。家政婦さんとか雇うお金があるならそれでもいいけど。あ、そうそう金を食いつぶしても怒らないような人がいいな。


「そろそろ現実見た方がいいんじゃないの?」

私の理想論に現実的な言葉を投げかけてくる男に今度こそクッションを投げつけてやった。
もうつまみたちは机の上ですー。
「あっぶな、」なんて言いながらもそのクッションを安安とキャッチされてむかつく。友久のくせに。昔は泣き虫でいつも私の後ろをついてきただけの癖に。
そんな不満をぶつぶつと唱えていると、不意にあることを思いつく。
それを一度自分で飲み込んで咀嚼する暇もないままに、言葉にして目の前でグラスに注いだビールを飲む友久に食い気味に話しかけた。


「友久も協力してよ!」

「……え?」


「だって、友久って曲がりなりにも警察さんじゃん?つまり、公務員なわけで、そんな友久の同僚も公務員なわけで。つまり人生勝ち組エリートさんじゃん?どう?私の運命の人さがそうよ!」


そうだよそうだよ!それがいいよ!
私ったらナイスアイデア!天才的。
あぁ、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。


「ちょっと、なまえ……」

「ね?お願い!!」


もうこのままのんびりしてたら、私はあっという間に30代に乗り上げてしまう。女はアラサーになった途端に価値がぐぐんと下がるのだ。
どうか20代のうちに運命の人を探しておきたいじゃないか。



「いい人いない?」


公務員なら、それなりでいいから一応いい立場にいて、優しくて、私のこと大事にしてくれる人。
あぁ、私とは面識ないだろうから正確には“優しくしてくれそうな人”でいいからね。
なんて偉そうに友久に告げると、うーん…と考え込んで。

考え込んで。

じっくりじっくり考え込んで。



「……あ、ひとり居る」

「本当に!?」

「うん。なまえにぴったりな人!」


ベッドから飛び降りて部屋に座り込んでローテーブルの上のつまみを口に含んだ友久に詰め寄った。
その一人って?だれだれ?
私のことをよぉぉぉーく知ってる友久が、良さそう。なんて言うってことは多分きっとおそらくして私とかなり相性の良さそうな人なんだろう。

メガネのキリリってしたエリートな顔とか、体の強そうな強面だけどかっこいい人とか。ドラマや漫画で見るようなイケメンたちをぽんぽん想像して「どんなタイプだろう」と考えていた思考回路に突き刺すようにして放たれた言葉は耳を疑うものだった。







「俺」






「……は?」


「だーかーら、百合根友久警部。キャリアだし、今度は出世の目処がたってるし、もちろん家事だってそれなりに出来るし、何より」


何より。そこで言葉をとぎる。
彼は、昔と変わらない憎たらしいほど可愛い笑顔で私に向かって、とっておきの言葉を放った。




「なまえのこと、誰よりも大事にする」




ぽかん。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。


「え、うそ?冗談?ネタ?」

「嘘じゃないし冗談じゃないしネタでもないよ?どう?優良物件なんだけど」


真剣に考えてよ。俺のこと。
ぐいっと体を寄せてきた友久に、反射的に手を添えて距離を保とうとしてしまう。

あれ、友久ってこんなに胸板厚かったっけ。
友久って、可愛い顔してなかったっけ?こんな男みたいな顔してたっけ。
友久って、こんなに、低い声だっけ。え、こんなに色っぽい声だっけ。

向けられた視線を意識すればするほど体に熱がおびていくのがわかって、段々目の前の幼馴染みを見ているのすら辛くなってきてしまう。
待って待って。お願い待って。すとっぷ。ちょっと、思考回路ショート寸前なんだけど。

そんな私の事情なんか知ったこっちゃないようで憎たらしいほど笑顔なあいつが、一瞬でも王子様に見えたなんてきっとなんかの間違いだ。





いくら幼なじみでも、信用できるとは限らない
(きっと全部あいつの思うつぼ)



ぐいぐい迫ってくる友久は、いけしゃあしゃあと「俺はなまえのこと好きだし、なまえも俺のこと好きだから大丈夫だよ」なんて言ってきて、でもこいつがいうと何かそんな気がしてきてしまうなんて、本当にこいつのことが好きなんじゃないだろうかと思ってしまった。




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