飼育員系女子
□ありふれた明日が欲しい
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さーもーんさん。
つい最近映画で見たばかりのノリのいいノック音を響かせて、これまたリズミカルに語尾に音符でも付けそうな勢いでその部屋の主を呼んでみれば、「勝手に入れ」なんて聞きなれた声が少しだけドアでかき消されながら聞こえてきた。
それを聞くが早いか勢い良く扉を開けると資料やらパソコンやらとにらめっこ中の同居人の横顔。
何も言葉を発さずにしばらく様子を見ていると不審に思ったのか、数十秒ほど後にゆっくりとそれらから視線を離し、私の方を見つめる。
あーらら、不機嫌そう。
「事件に行き詰まってるの?」
「俺に解けない謎はない」
「でもまだ解けてない」
「……うるさい」
ごめんごめん。ぼんやりと現れていた不機嫌が、私の言葉のせいではっきりとその表情に表されてしまったので軽く笑いながら謝って彼の部屋のベッドに腰掛ける。彼の座る椅子と私の座る彼のベッドは如何せん隣合う部屋模様になっているのでその距離は近い物になる。
「要件はなんだ」とつまらなそうに吐き捨て、また事件の資料だかなんだか良く分からないものたちに視線を戻してしまった彼に微笑みかけたまま、私は要件を伝えようかと口を開く。
そりゃあ、こんなお仕事の邪魔してまで暇つぶしに来たわけじゃないよ。
「いくら事件で行き詰まっても、お仕事仲間さんに八つ当たりするのは良くないよね」
「……それは、アイツが能無しだからで」
「左門さん」
優しく。けれど咎めるようなその声色に、彼は初めて狼狽の色を見せた。
この声で、彼は私が結構怒っているとわかっているから。
実際は、怒っているって言うより左門さんに押し付けがましく理解して欲しいと思ってる一心なんだけど。
キャップさんから、連絡が来た。
赤城さんが筒井さんに失礼なことをたくさん言っていてもう空気が最低最悪で、どうしたらいいですかぁ?なんて泣き顔のスタンプ付きで。
それは数十分前のことで、家の片付けを終えた今、彼にきちんとダメなことはダメと言っておこうと思ったのだ。
そろそろ寝ようとも思っていた為、お風呂上がりの濡れた髪のままだ。滴が彼のベッドに落ないように、タオルでパンパンと乾かしながら、もう資料なんて視界の端にも入れていない目の前の左門さんをちらりと見遣る。
私と目が合った途端、じっと大人しくなってバツが悪そうな表情を見せた。
「いや、あれは…」
「少しずつ、言葉遣いも直そうねって言ったよね?」
「…言った、かもしれない」
「言いましたー。なのに、左門さんたら能無しだとか殉職に気をつけろだとか。悪い言葉ばっかり使ってると悪い人間になっちゃうよ?」
いつもならこんな軽口、そんなわけないだろとかいろいろ言い返せるんだろうけど、今回ばかりは私もお手柔らかに行くわけには行かないんだよねぇ。
もう1度、彼と約束してあることなわけだし。
優しくしろとは言わないけど、ひどいことはしないで欲しい。
しかも、キャップさんの話によれば筒井さんは菊川さんが人事異動だかなんだかでいなくなっちゃうから頑張ってるだけみたいだし。その気持ちを汲んであげれるようにならなきゃ。
じゃなきゃ、彼は殻にこもったまんま。
ガッキーくんと離れたってなんにも変われないままだ。
確かに今、彼は間違いなくいい方向へ向かっているんだ。
それは、紛れもなくキャップさんたち警察の人達のおかげで。
そんな彼らを困らせたくなくて。
「私はね、左門さんのいい所、たくさん知ってるよ」
だから。
「他の人にも、左門さんがいい人だってわかってもらいたいんだ」
私の言葉に、少しだけ照れたようにそっぽを向いた左門さん。
その姿がどうしようもなく可愛くて。
一回り上の男に可愛いなんておかしいかな。
それでも、私はこみ上げてくる笑いを抑えられずにクスクスと笑いながら「おやすみ」と告げて部屋を後にする。
キャップさんたちが、左門さんをいい方向に引っ張ってくれるのはとっても嬉しい。
私も最大限、協力するつもりで今回もわざわざ左門さんに声をかけた。
けど、こうしていると。
「寂しいかも、なんてね」
私の一人立ちよりも、左門さんの一人立ちの方が早いかもしれない。なんて。
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