飼育員系女子

□流れ星は見ないふり
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まだ午前中だと言うのに、窓から入る陽射しがじりじりと部屋の温度を上げていく。
まだ冷房を入れるには時間的に早いと思い、窓をあけて換気を施すけれど生暖かい風が肌を撫で付けるだけでそれも無駄に終わる。

起き上がってパジャマを脱ぎ捨て、涼しい私服(露出部分が多く日焼け防止にならないため、もはや部屋着に成り下がっている)に着替えたら自室に置かれた月めくりのカレンダーを手にとった。
今日は夏休み初日。今日だけはバイトも課題も予定にない。初日ぐらい伸び伸びと休みたいものだ。あー一日中寝てみようかな。…いや、同居人にご飯くらい作ってあげよう。

ぐっと伸びて部屋を後にしたら珍しくもう起きてきている同居人。
おや、珍しく早いものだ。



「おはよ、左門さん」

朝ごはん食べる?と立て続けに聞いたら、「もらう」と帰ってくるので昨日スタンバイしておいたお味噌汁を温めにかかる。真空パックから取り出した白身魚を焼いて、香ばしく焦げ目がついたら大葉おろしと一緒にお皿に盛り付けた。定期的に作り置きしてるきんぴらごぼうとおからも隅に添えて、ご飯もよそって簡単に朝食が出来上がる。テレビをつけて見ていたらしい同居人の背中に声をかけると「…火事か」と呟いた。
テレビでは、昨晩都内で起こったらしい火事の報道をしていた。1名死亡、ね。


「そう言えば最近火事多いよね」

「出火原因不明、犯人は未だ捕まっていない。相変わらず使えない税金泥棒ばっかりだな」

「…ていう左門さんも公務員のくせに」

「俺は赤城だ」

「はいはいそうだね。ご飯冷めちゃうよ」

突っかかって来る左門さんを適当にあしらいながら両手を合わせいただきます。と言う。
ふん、と鼻を鳴らして目の前の彼も食事を開始した。
大体、朝食はこうして一緒に食べることが多い。お昼は私は学校、彼は職場だから勿論ばらばらだけど。それでも預けたお弁当を綺麗に平らげてくれるのは彼の優しさだと思ってる。本来なら不定期な仕事ゆえ、いつも同じようにお昼を食べる時間があるとは思えないけど、どこかしらで時間を作ってくれてるんだろう。
夜ご飯は、一緒に外で食べるか、一緒に家で食べるか。どちらかが外で食べる場合はきちんと連絡するように約束してる。



「…お仕事?」

食事中だというのにバイブレーションで存在を主張する携帯電話を確認する左門さんに問いかけると、頷いて「例の火事だそうだ」と告げた。
原因不明の火事、まさに天才集団STの出番だということか。


「私今日から夏休みだから、なんかあったら言ってね」

「わかった。戸締りはちゃんとしとけ、知らない奴相手にはチェーンを外すな、携帯は」

「常に電源入れとけ、でしょ。もう分かってるよ」

「……ならいい」


私が彼の言葉を遮ってしまったからか、真面目に聞いた素振りを見せなかったからか、不満そうな顔を隠すこともせず向けてくる左門さん。
こんな時は「もう耳にタコ出来ちゃった」と笑って見せるだけで彼はため息一つで私を許す。
もう私が彼の性格を重々承知してるのと同じように、彼も私の性格を重々承知してる。

ふらふらして、へらへらして、楽天家。
左門さんの苦手だろうパターンの相手だけど、私だけは特別だともわかってる。
じゃなかったら、こうして見送ることも見送られることも、一緒に生活することもできない。




「いってらっしゃい」


気をつけてね、と言えば「誰に言ってるんだ」と俺様なセリフが帰ってくるだろう。
でも、彼は私の頭に手を置いて家を出ていくんだ。その手のひらが優しいことも、私はもう覚えている。





これが私と彼のいつもの朝だ。









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