飼育員系女子

□ありふれた明日が欲しい
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見慣れた店内のはずが一風変わって見えてしまうのは、私が今日は店員じゃなくてお客さんとして来てるからなんだろう。客席に注文を届けることはあっても、こうして座って食べることは意外にも数える程度しかない。



「それにしても、菊ちゃんも出世かー」

「じゃあ此処のお代は菊川サン持ちで」

「おうおう!じゃんじゃん頼め!」


私の親友二人がにやにやと彼をおだてれば簡単に付け上がる菊川さんに私は苦笑を漏らす他ない。なんだあれ。
しかも、桜もハルも馴染みすぎでしょ。桜に至ってはいつの間にあだ名なんてつけてんの。
そんな私の向かいでは呆れたように今日の主役兼お財布係に視線を向ける筒井さん。


「俺がこうして出世出来たのもあの時鈴菜たちが俺を助けてくれたからだ!なんだって奢ってやる!」

ほら!食いたいもんないか!と私にメニューを押し付けてくる菊川さんに「近過ぎて見えないし…」と呟いていると横からハルがのりのりで追加注文をしていく。それに桜も便乗して一気に料理が頼まれていく。え、ちょっと、ほんとにそんな食べれんの?
私のバイト仲間である後輩の女の子はニコニコ笑いながらも絶対ハルと桜の注文の量にびびってる。
笑顔がひきつってるもん。



「鈴菜ちゃん」

「はい?」


今日待ち合わせた時点では筒井さんも菊川さんも私たちのことを苗字で呼んでいたけれど、これから一緒にご飯を食べる年下相手にそれないだろうと私たちの方から申し出て、それぞれ名前で呼んでもらうことにした。
もうすっかりお友達だ。

そんな筒井さんが机に少し乗り上げるようにして私に呼びかけてきたので、予想以上の注文に慌ててお財布を確認してる菊川さんから視線を外し「どーしましたか?」なんて笑いかけると彼女も笑顔を浮かべて。





「ありがとう」



目が点になるって、こういうことなのだろうか。
身に覚えのないことで、感謝されてしまった。

スデナグリの時の応急処置だろうか。
あれは別に大したことじゃないし、そもそももう既にハッキリと感謝の品は頂いている。可愛い入浴剤だ。菊川さんから、という建前だけど間違いなく筒井さんが選んだであろうそれは結構気に入った為、そのお店にたびたび足を運ぶようになった。

不思議そうな顔の私に気付いたのか筒井さんは「赤城さんが私に言ったのよ」なんて続けるので、まさかあれだけ言ったのにまた余計なことを言ったんじゃ…と不安に駆られるものの彼女の表情からあまり悪い雰囲気は伺えない為、少しだけ安心しながらも次の言葉を待つ。
で、左門さんが筒井さんになんて言ったって?


「“俺は間違っていない。赤城が間違う筈がない。だが、鈴菜に言われたから一度だけいうぞ。……お前の情報も今回、少しは役に立った”って」


「え、いやいや。それって怒っていいですよ?」


「全然!あの赤城さんがあんなに素直なの珍しくって!」



えぇぇぇ?
左門さん、外じゃやっぱりそんな態度なんだ……
また、言っておこうかなぁ。……いや、やめとこう。
一応彼なりに素直になってみた結果なのは解るので、 あまりしつこく言うのは可哀想だ。明日あたり、なにかお菓子でも作ってあげようかな。



「それにしても、鈴菜ってどうやってあの猛獣を飼い慣らしてんだ?」

「飼い慣らしてるって……」

猛獣扱いですか。いやまぁ確かにそれっぽいけど。凶暴だし誰にでも噛み付くけどさ。……猛獣だな。
私がそんなことを頭の片隅で考えながら、飼い慣らしてるも何も普通に接してるだけなんだけどなぁなんて言い訳なるものを口にしようとした時、それを遮るように言葉を発したのは楽しそうにニヤニヤ笑った親友たちだった。


「鈴菜と赤城左門はトクベツだもんねー?」

「鈴菜の愛情が通じてるんじゃない?」


なんて。
明らかにからかうようなその台詞に、とうとう私はため息をついてしまう。
二人の言葉に菊川さんは口をパクパクして、筒井さんは言葉が出ないと言った表情で私を見てくるので「あぁもう 」と吐き捨てながらも、言葉の引き出しから山ほど用意してある言い訳の最適なパターンをいくつか引っ張り出す。
でも、その言葉を伝えようと思って私の口から出たのは、言い訳でもなんでもなかった。





「左門さんとは、なんでもないです。私が一方的に好きなだけなんで」



どうやら、自分でも止められないほどに、彼に対する気持ちはぶくぶくと太り続けて。
でも、口にした途端暖かい気持ちになる。


案外わるくないなって思えるんだ。









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