アニメ版夢パティを元に書いております。
妄想の塊ですがネタバレもありますのでご注意を。
2人の恋路を追うというものです。
初の長編ですが、それでも読んでいただけたらとても幸いです。

※2016/1/10
すみません、後半を少し加筆修正しました。







ケーキグランプリの決勝戦が終わった。
私たちはチーム天王寺に惜しくも敗れたものの、何とかパリの世界ケーキグランプリに出場することが許された。
その夜は、クラスのみんなによるお祝いパーティーが催され、それと同時に送別会も行われた。
ルミさん、カナちゃん、早見さん、鮎川さん…たくさんの人たちがおめでとうって言ってくれた。
そして私に美味しいリンゴのカスタードクリームの作り方を教えてくれた中島さんに「ありがとう」って言うと、中島さんは「優勝しないと許さないわよ」と、きつい口調ながらも、優しい笑みで言ってくれた。
結局、普段ではありえないほど夜遅くまでみんなで集まってドンチャン騒ぎをしていた。すごく、すごく楽しかった。

日付が変わるまであと少し。片付けを終えた私たちは、男女分かれてそれぞれの寮へと帰って行った。
「いちごちゃん、帰ろか!」
「うん!」
ルミさんが、私の手を握って、寮へと引っ張って行った。
バニラ達スピリッツは、女王様にパリ行きの報告をするらしく、明日の昼過ぎまで帰ってこないそうだ。
「今日は疲れたやろ〜。明日家に帰るんやろ?今夜はゆっくり休みや〜」
「そうするよ…あれ?」
あそこに誰かいる…暗くてよく見えないけど、疲れ目を擦ってよく見ると、樫野が一人で湖の方へ向かって行くのが見えた。
「樫野?」
「ホンマや。何してんねんやろ」
湖の方は明かりもなく危ない。それに樫野は試合中に倒れたんだし、私以上に今夜休まなきゃならないのに…
「おーい、樫野〜!そんな暗がりで何やっとるん!」
樫野はルミさんの大きな声に反応すると、普段より少し低めの声で、「あ、あぁ…」と返事し、寮へと道を引き返した。
それを安藤君や花房君が見つけ、「何してるのさ〜」「探したんだからね」と声を掛けてついて行ったから安心だろう。
でも、二人に挟まれた樫野は、何だか普段より元気がなくて、無理しているように見えた。
「ルミさん」
「ん、どした?」
「樫野、ちょっと変じゃない?」
「え、そうか?いつもあんな感じやろ」
「そう…かな」
いつもの樫野も別に元気いっぱいという感じではないが、さっきのは今までとは違う…
何か、一人で背負っているような真剣な目つきだった。
それに、いつも通りの樫野なら、用もないのに夜道をふらつくなんて危なっかしいことはしないはずだ。
もしいつも通りなら、パリ行きにもっと素直に喜んでいるはずだ。もっと目が輝いているはずだ。だって、パリ行きは樫野の夢の第一歩だから。
「…そんなに樫野のことが心配か?」
「うん」
心配だよ。当たり前じゃん、大事なチームメイトだもん。
樫野達の背中が遠くに見える。そのうち、角を曲がって姿は見えなくなった。
「…いちごちゃん、ちょーっと寮で話そか?」
「え?どうしたのルミさん、急に…」
ルミさんは、半ば強引に私の腕を引っ張って、寮へと戻った。
「いちごちゃん、ここ座り」
「へ?あ、はい!」
ルミさん、何か怒ってる⁉何で⁉私何もしてないはずなのに…!
「あの〜…ルミさん…?」
「分かってる。さっきウチが今夜はゆっくり休みやとか言ったっちゅうのに、こうやって無理やり起こしてしまってるのは悪いと思とるで」
「は、はぁ…」
「でもな、今日話さなあかんねん。いちごちゃん、もうパリ行ってしまうやろ?そうなる前に、ハッキリさせたいことがあんねん」
「ハッキリさせたいこと…?」
「そや」
「え、えーっと…ハッ!もしかして、ルミさん…」
「分かってくれたか?」
もしかして…もしかして…!
「寂しい…とか?ルームメイトがいなくなるから…!」
私がいなくなったら、ルミさんはしばらくこの部屋を一人で使うことになる。転入生でも来ない限りはおそらく。そうなると、いくら私なんかが消えたとしても、寂しいものは寂しいかもしれない。
おそるおそるルミさんを見ると、ルミさんは項垂れて、はぁぁぁ…とため息をついた。
「いちごちゃんに期待したウチが悪かった…」
「えええ⁉違うの⁉」
「いやまぁ、いちごちゃんの言うてることもあっとるんやで?確かにいちごちゃんとしばらく会えんくなると思うと寂しいって気持ちはあんねん」
「そ、そうなんだ…何かホッとした」
「寂しくないわけあらへんよ!…でも、今日話したいのはそのことやのうて………樫野のことや」
「え、樫野⁉」
私は思ってもみなかった単語にビックリした。
何で樫野?ていうか樫野についての話って何?
「いちごちゃんって、樫野のことどう思っとるん?」
…え?
「樫野の、こと?」
「せや」
「どうって言われてもなぁ…私がここまで来れたのは樫野がいてくれたからだと思うし…だから大事なチームメイトでしょ?あとはまぁ…ドエスでデビルとか?」
後半はただの悪口だが、間違ってはいない。そう言われる樫野にも十分責任はある。
だが、こんなことを訊いて何がしたいんだろう…?
「ホンマにそんだけか?」
「それ以外に何があるの?」
するとルミさんは途端に黙りこんでしまった。
「る、ルミさん…?」
「自覚無しか…もう焦れったいわ…」
かと思ったら一人で何やらブツブツと呟いている。
「あ、あのぉ…」
「いちごちゃん」
「ひゃいっ⁉」
「ウチは何も言わへん。こういうのはやっぱ自分で気づくべきやと思う。せやから、樫野のこと、もう少しじっくり、深くまで考えてみ?な?」
「へ?う、うん…」
私の中で、樫野はどういう存在?
そんなのじっくり考えたことがなかった。
確かに、世界ケーキグランプリの前に、チームメイトのことについてもう一度考え直して、改めて仲間に対して感謝したり、絆を確認するのはいいことかもしれない。
「はっ‼ご、ごめんないちごちゃん。パリ行きの前に悩ませるようなこと言うてもうて」
「うぅん!全然!」
「まぁこの機会によう考えてみ?多分向こうで樫野と二人になることもあるかもしれへんし」
「樫野と二人だとどうなるの?」
「ま、まぁそれはおいおい…ちゅうことで、今日はもう寝よか?」
「え、あぁ、そうだね。もう眠い…し…ふぁぁ…」
「ホンマごめんな、遅くまで付き合うてもろて」
「ふぁ…ううん、ありがとう。考えてみるよ。それじゃ、おやすみ…」
「おやすみ、いちごちゃん」
仕切りのカーテンを閉めて、私たちはベッドに入る。
私は、バニラのいないベッドで一人考え込む。
樫野のこと、どう思っているんだろう…さっきはドエスでデビルだなんて言ったし、昔はその通りだと思ってた。けど今はただのドエスデビルじゃないって知ってる。私のために怒ってくれてることだってあるんだ。だから、それは違う。
じゃあ何?ただのチームメイト?それも違う…安藤君や花房君とは少し違う…友達、親友…うーん…それも何か違うなぁ…確かに友達なんだけど、それだけじゃ足りないような…
結局、その夜は考えがまとまらず、気がついたら眠ってしまっていた。

目が覚めると、もう窓の外は明るかった。
しまった!もしかして、寝過ごしたぁ⁉
そう思って慌てて飛び起き時計を見ると、まだ朝の5時過ぎだった。
あれ…まだこんな時間かぁ…
二度寝しようかとも考えたけど、しばらくこの学園にも帰ってこれなくなると思って、その辺をぶらりとしようと決めた。
私はルミさんを起こさないように気をつけながら、着替えを済まし、外へと出かけた。

朝練の時は調理室に集合だから、朝早くに外を歩くなんてことはしない。だから、すごく新鮮で気持ちいい。昨日の悩みをスゥーッと吸い込んでくれるみたい。
「んーっ朝の外の空気っていいなぁ!あ、そうだ!」
きっと湖はもっと気持ちいいに違いない!潮風…じゃないけど、なんかそういうやつが吹いてて気持ち良さそうじゃない?
私は足取り軽く湖へと向かった。

小鳥たちが囀り、湖は静かに波を立てていた。
岸辺には誰もいないはず。だって昨日はグランプリの決勝戦で、みんなワイワイやっていたんだ。みんな疲れて寝ているに違いない。
そう思い、私は岸辺を見渡すと、
「…!」
誰かいた!しかもあれって…樫野⁉
思わぬ人物に驚き、サッと身を屈める私。
どどど、どうしよう、私…樫野への気持ちとか全然分かってないままだし…!
このまま引き返そうかとも考えたけど、やっぱり樫野が気になってしまう。
そういえば、昨日も一人で湖に向かおうとしていた…湖に何かあるのかな?
そう思い、そーっと樫野を見ると…
樫野は湖を見るどころか、俯いて震えていた。
どうしたんだろう、寒いのかな…でもちゃんと上着も羽織っているし…
しばらく様子を見ると、樫野は静かに顔を上げ、手で目の当たりを擦っていた。
朝日に反射して一瞬キラリと輝いたのは、見たことのある涙だった。
昨日決勝戦でエッフェル塔の先端を付けるのが間に合わなかった時も悔しそうに俯いて流していた、あの涙。
そりゃそうだよね。あんなに一生懸命、夜も寝ないで頑張ったのに、叩き出された点数はお世辞にも良いとはいえず、ただただ残酷なまでに私たちを追い詰めた。
パリ行きが決まっても、やっぱり天王寺さん達に負けたことは事実だ。あのプライドの高い樫野が自分の失敗を妥協するとは考えにくい。
やっぱり、そう簡単にあの悔しさは忘れられないよね…
そう考えると、私はいてもたってもいられず、樫野に近づいた。
私が岸辺の土を踏む音に気づき、樫野が顔を上げる。
「うげ、天野!」
樫野は珍しく目を見開き、体を反らせながら後ずさりした。
そして樫野はハッとすると、急いで目を擦って咳払いした。
「み、見てたのかよ」
樫野は目の周りが真っ赤になってるくせにまだ強がる。
「うん、ごめんね」
「…別に怒っちゃいねーよ。…けどお前、絶対かっこ悪いって思ったろ」
「かっこ悪くなんてないよ。樫野が落ち込む気持ちはよく分かるから。私が今までにどれだけのミスをしたか、樫野はよく知ってるでしょ?」
「…でも、俺は大事な決勝戦であんな…あんなにも酷いミスをした。それに、結局天野のプチガトーにフォローされちまったしよ。…最悪だ」
「な、何よそれ!最悪だなんて言わなくてもいいじゃない」
「だってそうだろ。天野に散々あれこれ文句言ったりしてた癖に、最後は結局天野に助けられた。…かっこ悪い以外の何でもない」
自傷する言葉を繰り返す樫野。
「俺がしっかり体調管理していれば…もっと手際よくやれば…あの一点差は埋められたんだ。アンリ先生だって言ってた。ちゃんと完成さえできれば、先輩より高得点を付けていたってな。チーム天王寺に勝つことができなかったのは、全部俺のせいだ」
「そんなことない!」
「そうなんだよ!…あの時花房の挑発に乗ってしまったのも軽率だった。考え方がガキだったんだ。一流を目指しているってのに、そんな考え方じゃいけない。もっと現実を見るべきだったんだよ」
「樫野…」
「お前だってどうせ心の中ではザマァミロとかなんとか思ってんだろ!俺はお前に散々キツいこと言った。一度は家に逃げ出したことだってあったよな。俺のことなんてどうせ」
「もうやめてよ!」
気づいたら叫んでいた。
「アンタはそんな人じゃないでしょ⁉樫野はいつでも自信満々で、常に上を見ていて、どんなことが起きてもチームを支えてくれていた…私がここまで来れたのはもちろんみんなのおかげだけど、樫野に、安藤君や花房君にはない厳しさがあったからこそだと思う!甘やかされてばかりじゃ私、何もできないままだったから…だから、私は樫野のこと、そんな風に見てないし、樫野がそんなこと言うところ、私は見たくないよ!」
「天野…」
「アンリ先生だって言ってたでしょ?恥じることはないって!確かに花房君の言った通りエッフェル塔を時間内に作るのは無理があったかもしれない。けど!樫野のチャレンジ精神は一流を目指すのに必要だと思う!だから、もうこれ以上自分を追い詰めないで!」
静かな湖畔に、私の甲高い声が響く。
鳥たちが驚いて逃げ出し、私たちは本当に二人きりになった。
湖畔に静かさが戻る。
「天野…悪かった。つい、カッとなって余計なこと言い過ぎた」
「ううん。色々言ったけど、でもやっぱり樫野が落ち込んで泣く気持ちは分かるよ。それに、私が落ち込んだ時、ホントよくお世話になったよね。ショコラショー作ってくれたこともあったっけ。だから、そのお返し」
「…そっか」
「だからもう、泣くのはおよしよ」
無意識に手が出てしまい、その手は樫野の頭の上へ。
「なっ」
気がつけば、樫野のサラサラの髪を撫でていた。
それが何だか懐かしくて、幼い日が自然と思い出された。
「何すんだよっ…」
「昔、私が泣いてるとね、おばあちゃんがこうやってくれたの」
「が、ガキ扱いすんじゃねー」
「男の子のくせに泣いてるんじゃ、まだお子ちゃまよ」
「う、うっせ…」
そう言いながらも、樫野は何だか気持ちよさそうだった。頬を赤く染めて、穏やかな表情を浮かべている。
「…落ち着く?」
「ま、まぁ…」
「いい子いい子」
「おいそれはやめろ」
「えへへっ」
何だか名残惜しいが、ここらでやめようと手を引く。そして樫野の隣に座る。
「さっきは怒鳴ったりして、ごめんね」
「いや…俺も悪かったよ」
「ふふ、やっぱり樫野の横は落ち着くね」
「えっ…どういう…」
「カカオの香り。樫野の香りが好きなの」
「っ…!」
ふいっと逸らされる目。
「ね、樫野」
「な…な、何だよ」
「パリに行っても、よろしくね」
「…ったりめーだ」
先ほど逸らされた目は再び私の目と合った。それは、輝きが戻っていて、何だか頼もしく感じられる目だった。
「よかった、元気になって」
「うっ…今日のお前、何かムカつく」
「な、何で!?」
「だってなんか…見くびられてるみてーじゃん、俺」
「そう?」
「自覚無しかよ…」
「まぁまぁ。普段ドエスな樫野君は、たまには下に出ることを覚えておいた方がいいかと思いまして?」
「お前、俺のことなんだと…」
と、言いかけたところで、言葉の勢いが途切れる。
「樫野?」
「天野ってさ、俺のこと…何だと思ってんだよ」
「樫野のこと?」
聞き覚えのある問いが、再び私の胸を苦しめた。
そうだ、私、昨日…
「あっ…」
声が漏れる。
この問いからは、逃げられなかった。
「樫野は…」
咄嗟に出る言葉は、
「樫野は、私のこと、どう思っているの?」
苦し紛れの、質問返しだった。
樫野の答えを聞けば、私に対する問いのヒントになるかもしれない。そんな淡い希望を抱いてしまう。
樫野は予想していなかった問いに驚いて、困ったように目を逸らす。
ごめんね、樫野。私はまだ貴方の問いに答えられない。だからお願い、ヒントを頂戴。
祈るように樫野を見ると、樫野は真っ直ぐと私を見直して、言った。

「好きだ」

私は正直、その答えの意味に戸惑った。
好き、というのはオールマイティな言葉だ。友達として好き、家族として好き、仲間として好き、恋人として好き…
恋人?
いやいや、スイーツ王子相手に何を考えているのよ私は。なんておこがましい。
「おい、」
私の意識を現実世界に引き戻す声。
何か言えよと反応を催促する声。
何か言えって…これじゃあ何のヒントにもなりゃしないじゃない!
私の好きな食べ物は?と訊かれて、貰ったヒントが『野菜』で、解答権はたった一回というのと同じじゃない!
こんなんで、私の答えは樫野に言えない!
「ごめん、樫野」
ビクッと震える樫野の肩。
「私は、まだ何も言えない」
「…それって、時間をくれってことか?」
「…そうかもしれない。けど、時間をかけても分からないかもしれない」
「どういうことだよ」
「私は…まだ、ヒントすらもろくに得てないのに…私の中の樫野の存在をそんな簡単に決めることなんてできないよ」
「…ヒントって何だよ」
「分からない」
「は?」
「ごめん」
「いや、謝られても何が何だか…」
「そ、そうだよね」
「…はぁ…。まぁお前の考えてることがわけわからんのなんて、今に始まったことじゃないしな。時間を作ってやるよ」
「ほんと?」
「ただし、期限を設ける」
「…世界ケーキグランプリが終わるまで?」
「アホ、どうせなら目標も交える。期限は、世界ケーキグランプリで優勝して、パリ留学を終えるまで」
「な、か、樫野!そんなの…」
「無理だって言いたいのか?」
「いや、違うけど違くなくて…えっと…」
「俺がお前の答えを聞きたければ、優勝するしかない。お前が俺に答えたければ、優勝するしかない。お互いがより頑張れるいい作戦だろ?」
「そんなことしなくても頑張るもん!」
「頑張るのは当たり前だ!だが、中途半端に疑問を持ち続けてグランプリに臨んで勝てると思うか?だからグランプリに集中するためにこんな期限を設けたんだよ」
「そっか…なるほど」
「向こうでは絶対グランプリのことばかり考えろ!それで、ちょっとした空き時間とかにそのヒントってやつを集めて、答えを出してくれ」
「…うん、分かった」
2人だけの約束。
果たせるか分からない…いや、絶対に果たしてみせる。樫野のこと、とても大切に思っているから。

そして話は、本当に世界ケーキグランプリを制し、パリ留学を果たしたその後へと続く。

✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚

「好きです」
あの日、湖のほとりで交わした2人だけの約束。
それが、今ようやく果たされた。
「樫野が、恋人として、好きです」
あの時のようにややこしいことにならないように。『好き』という言葉のオールマイティさに惑わされないように。私はしっかりと自分の見つけた答えを彼に伝えた。
そしてあの時分からなかったことを今、もう一度問う。
「樫野は私のこと、どう思っているの?」
あの時はただ「好きだ」とだけ返された答えの意味を、私は未だに分かっていない。
私のこと、チームメイトとして好きなの?ただの友達として好きなの?それとも…
恐る恐る樫野の顔を見ると、そう訊かれると思ってなかったという表情を浮かべていた。
「お前…あの時俺、言ったよな」
「『好きだ』でしょ?」
「あぁ…だから…」
「私のこと、どう好きなの?」
「は?ど、どうって…」
すると樫野は何かに気がついたのか、まさか、と声を漏らし、言った。
「お前まさか、友達として好きなのかもしれない、なんて考えてたんじゃ…」
「そうだよ。樫野が私を好きなのは友達として?チームメイトとして?それとも…」
「アホ‼恋人としてに決まってんだろ‼」
ムードも何も無い中、勢いだけで発された言葉。
けどそれは、私が望んでいた通りの、温かい言葉だった。
言葉にできない嬉しさに、胸に熱いものが湧き上がってくる。
感情よりも先に、涙が自然と目尻に溜まる。
「あっ…」
今更自分の言ったことに恥ずかしくなったのか、樫野は額に手を当て、しまった、という反応をした。
「くっそ…こんなのってアリかよ…」
「え?」
「あの時の俺の言葉、通じてなかったなんて」
「だって、突然好きだなんて言われてもどういうことかなんて分からないよ」
「いや、普通男が女に言う『好き』は恋人としてだろ…」
「そうなの?でも私、安藤君や花房君のことも好きだよ。仲間として」
「いや…だからそれは状況を踏まえて判断することで…あーもう面倒くせぇ!」
どうにでもなれと言った風に樫野は力強く私の手を握って叫んだ。
「好きだ!俺は天野いちごが、恋人として大好きなんだよ!」
煌めく水面、建物を照らすイルミネーション。全てがロマンチックに見えた。
街灯の淡い灯りが、樫野の赤い顔を照らす。
多分私も、負けないくらい真っ赤な顔をしているんだろうな。
嬉しい。し、何だか信じられないくらいフワフワしている。それでいて何だかこそばゆいような感じ。何なんだろう、この温かい感情は。
「樫野…」
彼の名前を呼びたくなる。
「天野…」
彼もまた、私の名前を呼んでくれる。
それだけで嬉しい。
「あのな、俺は天野のことが恋人として好きだ…けど、今すぐに付き合ったりどうこうしたい欲しいとは言わない」
手を握る力が更に強くなる。
「か、樫野…」
「今は、何も言わない」
それって、どういうこと…?
「俺たちには、まだまだ学ぶことがたくさんある」
どっちも大事だから、疎かにしたくない。勉強も、お前のことも。と付け足す樫野。その瞳は本気で私に訴えかけていて、私は彼の言うことを承知した。
「うん、私も同じ。だから…今は言わない」
今は正式な関係を結べなくてもいい。
2人でどこかに遊びに行ったりできなくてもいい。
気持ちを伝えられるだけでいい。
「じゃあ、俺たち3人は先に日本に帰る」
「うん。私も、来週には帰るよ」
日本に帰ったら、高等部での新しい生活が待っている。
けど大丈夫。
私には、共に応援しあえる大事な人がいるから。
繋がれた手は、どうかそのままで。

そして話はマリーズガーデンでのお嬢との対決後へと続く。

✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚

寒空の中、私たちは薄く雪の降り積もる公園を、2人で並んで歩いていた。
昨日までの長い長い対決が終わり、ようやく落ち着いて2人で話せる時間を作ることができたのだ。
これまでの疲れがなかったかのように、淡々とした口調で開口一番に外に行くぞ、と提案したのは樫野の方。
れもんちゃんやスピリッツ達は察してくれたのか、(言っては悪いが)気味が悪いほどの全力の笑顔で送り出してくれた。
外に出てどこに向かうかと思えば公園。着いたら話すのかと思えばずっと無言で、視線は宙を彷徨っている。
私から何か話しかけた方がいいのかと思った矢先、口を開いたのは樫野だった。
「天野…今度のことで、改めて思ったことがある」
「ん?何?」
もしかして、それって…
「俺、お前とスイーツを作ることが、どんだけ楽しいかって…」
「うん、私も同じだよ」
やっぱり同じことを考えていた。
高等部2年に飛び級した樫野と、もうなかなか会えないと思った時の寂しさ。
その後、れもんちゃんやジョニーやスピリッツ達、それに安藤君や花房君とも一緒に、樫野とまたスイーツを作ることができた嬉しさ。
間違いない。私は、樫野と一緒にスイーツを作っている時が、何よりも楽しい。
「これからも…2人でスイーツを作っていかないか」
「え?」
驚いて止まる足。
『2人で』が強調されて聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。
でもそれって、まるで…
中等部の頃、出会った時と変わらない色白の肌が赤く染まり、視線を上に向けた樫野は…
「俺とずっと一緒にいてくれ!」
ふいに私を力強く抱きしめた。
今までのどんな時より強く、彼の温もりを感じる。
「それって…」
確認しなくても分かる。あの時パリで言っていた「今は何も言わない」の『何』は、今ようやく伝えられたのだ。
あぁ、彼が、私に新しい関係を求めている。
あの時言わなかったことを、今。
彼の温もりが離れ、彼の瞳に私だけが映る。
「天…いちご」
関係が変わると様々なものが変わっていく。
まずは第一歩目から、ゆっくりと、でも確実に歩んでいこう。
2人きりの時の、あの甘い空気が流れる。
「…まこと…」
つられて、私も普段呼ばない名前で呼ぶ。
お互いに今まで気持ちを抑えて我慢してきた分、邪魔するものが無くなった今、求め合う気持ちが収まらない。
ドロドロに溶かされていく砦から僅かに見えるのは、温かな恋心。
もっと溶かしあいたい。全てをさらけ出して欲しい。私たちは人目も憚らず、唇を近づけ、欲望を満たそうとした。
その時。
「真くーん!」
「いちごー!」
声に驚き離れた私たちを捕まえたのは、お嬢とジョニーだった。
何で⁉私たちのことを諦めたはずじゃ…!
話を聞くと、『諦めたのは昨日だけ』と言った屁理屈極まりない返事が返ってきた。
私もさすがに何も言わずにはいられず何か言おうとした時、
「お前らなぁ!」
私と同じく、邪魔が入ったことに苛立った樫野が、なりふり構わずお嬢達を突き飛ばす。
と、同時に、ジョニーに腕を掴まれていた私もバランスを崩した。
「うわぁ!」
倒れた先に立っていたのは樫野。
樫野は私まで倒れたのは予想外だったようで、2人して呆気なく雪が被さった茂みに倒れこむ。





何が起こっているの…?
何で、彼の瞳に、私がこんなにも大きく映っているの?
何で、私の唇に、彼の唇が重なっているの?
反射的にごめんと言って飛びのこうとした時、樫野の大きな手が私の背中に添えられる。
そこで気づいた。そうだ、離れる必要なんてない。だって、私たちはさっき、新たな関係を結んだのだから。
横でスピリッツ達が騒ぐ声も聞こえないくらい、夢中で彼と繋がる。
好き、大好き。誰よりも、大好き。
そんな思いを精一杯彼に伝える。
彼の気持ちも、自然と分かってくる気がする…





Prrrr...
電話?
何で?どこから?
あ、私のケータイ!
電話に出なきゃ、とつい樫野の胸板に肘をついて起き上がると、樫野から「グエッ」と聞こえてはいけない声が聞こえた。
慌てて小声で謝りつつ電話に出ると、電話の向こうはアンリ先生だった。
「アンリ先生!」
まさかの人物に驚いて茂みから飛び出る。
アンリ先生からの電話の内容は、なんとロンドンへのお誘い。
起き上がった樫野と顔を見合わせる。
2人で力を合わせれば、きっと何だってできる。
なんてありきたりな言葉かもしれない。けれど、今の私たちには、他にないほど相応しい言葉だった。
だから、行こう!樫野!
どちらからともなく繋がれる手。
思いは1つだ。
新たな関係、新たな進路。
希望に満ちたその先に、貴方と共に行けるのなら−…

✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚

「…と、随分遠回りしながらも、何だかんだ幸せって掴めるもんなんだね、人生って」
「なーに達観してんだよ」
あれから私たちは、ロンドンでのマリーズガーデンも何とか成功させ、日本に戻って、約束通り『2人で』スイーツ作りをする生活を始めた。
2人の夢が叶う場所。そんな夢色のお店の片付けもようやく終わり、寝る前にベッドの上で思い出話を語っていた。
「元はと言えば、お前があの時俺の言った『好きだ』の意味を一発で捉えれば、ここまで紆余曲折しなかったんじゃないか」
「うぅっ…だってぇ…」
「しかも俺が告った時、お前何て言ったか覚えてるか?」
「え、えーっと…」
「『ごめん、樫野』」
「あ」
「俺本気でビビったんだからな!振られたかと思って!」
「す、すみませーんっ!」
「…まぁ、そういう天然?なところとか、可愛いって思うけど」
「…えっと…どうしたの急に」
樫野の変わらないところは、愛情表現の仕方だ。気持ちをストレートに伝えてくれない、というか恥ずかしがって伝えてくれない。私も人のこと言えないけれど、必ず照れが先行してしまうのだ。未だにキス1つで赤面してしまう…お互いに。
「なんか…昔のこと思い出したら、お前って可愛かったんだなぁって思っただけだよアホ」
こっ…これは俗に言うツンデレというやつなのか…!今日のまことは何だかおかしい。
「まこと…熱でもある?」
「人がせっかく素直になってんのに随分な言い草だなオイ」
口の悪さは相変わらずだけど、それは照れ隠しなんだってことを、今の私は知っている。だってほら、もともと少し紅潮していた頬が更に赤くなったもの。
「何で急に素直になったの?」
「…」
難しい顔をして何かを考える樫野。言おうか言わまいか悩んでいるのだろうか。
「…何となくだよ」
「あぁ!誤魔化したなぁ!」
まことの弱点なんて知っているんだぞー!と両手を彼の脇に添えると、「ヒッ」と短く悲鳴が漏らされ、自主規制ものの酷い叫び声が部屋に響き渡った。
「…ッ!ハァッ…ハァッ…お、まーえッ…なぁぁぁ!」
「あははははっ!やっぱまことの叫び声おかしすぎ!あっはははは!」
ずっと完璧だと思っていた彼の意外にも可愛い弱点。学校に通っていた頃の熱烈なファンの方々が聞いたら絶対幻滅するであろう、まるで生死を賭けた戦いの最中のような金切り声。ベットにへばって死にかけている彼には悪いが、私はこの『お遊び』が結構気に入っている。
「くっ…本当なら『仕返し』をしたいとこだがな…!」
まことは頭をポリポリ掻いて、悔しそうに諦めた。
そう、今まではだいたいこの後は攻める側が逆になることが多かった。
けどそれは残念ながらできない。
私は今、あまり疲れることができない身だから。
息を整え終えて欠伸をし、布団を被るまこと。
「ふふ、今日もお疲れ、まこと」
「…お前もな」
そう言って触るのは、私の身体のある特定の場所。
「ゴロゴロ転がって、うつ伏せになるなよ?」
「うっ…そんなことしないもん!」
「本当、よろしく頼むぜ…お母さん」
「そっちこそ。頼りにしてるよ、お父さん」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
仰向けになるのは辛いので、私は横になって寝た。
何だかさっきからポカポカと温かいのは、布団のせいだけじゃない。
まるで陽だまりにいるような心地。
寒い夜なんて怖くない。
だってここにはほら…『3人』もいるから。
溢れ出て止まらない幸せを噛み締めて触れたのは、あの時よりも大きくなった、自分のお腹だった。



神様。
この子にも、私のような幸せを、どうか。



Fin

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