Honey worksさんの『ヤキモチの答え』を元に、樫野といちごで小説を書いてみました。
フォレストでは初投稿となります。これからよろしくお願いいたします!


*ヤキモチの答え*


「はぇ?好きな人なんてそんなの…」
休み時間。数学の宿題を淡々とこなしていた俺の耳にふいに聞こえてきた、アイツの声。
「だか…そんな…だよ!…じゃん!」
休み時間独特の騒ぎ声に掻き消されて、アイツの声は途切れ途切れにしか聞こえてこなかった。
だが、さっきアイツは好きな人、と言っていた。ということは今アイツは好きな人についての話をしている。
相手は…加藤か。女子特有の恋話というやつだろうか。
さらに聞こえてくるアイツの声を拾うと、それは笑い声の次に聞こえてきた。
「…房君は…から…でも」
房…花房か。まさかアイツ、花房のこと…!
嫌だ嫌だ、聞きたくない!あぁ、だが、気になってしまう…
「安藤く…しいよね!…よ」
今度はハッキリ聞こえてきた知り合いの名前。
安藤か…アイツ優しいからな。そこに惹かれた…とか…
だとすると、アイツは、アイツは…!
嫌な想像ばかりが頭を支配する。
問題に目を通してもそれは空振り。それが文字の羅列だということくらいしか理解できない。
ええい!聞きたくないってのに聞いてしまう…!なんだよ…ったく!
あ、待てよ…花房、安藤、とくれば次はもしかして俺の話とかになるんじゃないのか⁉︎
期待を寄せて耳を傾けると、案の定3人目のスイーツ王子の話をしていた。
「え、樫野?…なデビル!」
おい誰がデビルだ。
というか何故そこだけやたらによく聞こえるんだ…俺の耳は地獄耳か!
「…んちゃうの?」
加藤が何か質問すると、アイツは激しく首を振って嫌そうな顔をした。
なんだよあの否定の仕方…俺のことが嫌いってことか?なんて質問したかは知らねーけど、話の流れ的に多分そうなんだろう。
キンコンカンコン
その瞬間チャイムが鳴り、天野と加藤はそれぞれの席に着いた。
俺はそのもやもやした気持ちのまま、次の授業を迎える羽目になってしまった。
そう、俺はアイツが好きだ。大好きだよ。なのにあのひっでー否定の仕方は何だってんだ。俺がお前のことが好きだなんて言ったらアイツはまたあんな嫌そうな顔で俺を見てくるのだろうか…。
冗談じゃねーよ!好きになるくらい許してくれよマジで!
ただ、アイツに好きって言ったら…とは言うが、生憎俺には告白する勇気とやらは持ち合わせておらず。ただただこんな毎日を送ることしかできないのだ。
だが、アイツを好きな気持ちだけは嘘じゃない!勇気が出ないだけで、気持ち自体は本物なんだ。だからこそややこしい。もやもやする。
そんなこんなで俺は授業に身が入らず、珍しく先生の当てた質問を答えることができなかった。

次の休み時間。
「樫野、どうしたの?あんな問題間違えるなんて君らしくないよ?」
「そうだよ。あの問題、ちゃんと授業聞いてれば絶対解けるやつだったのに…マー君てばもしかして寝てないの?」
心配して様子を見に来てくれた花房と安藤。アイツの話題に上って、かつ嫌がられなかった、2人。
「…別に。なんでもねーよ。ちゃんと寝てるし、今回のはたまたまだ」
愛想がないのはいつものことだが、今回は特に冷たく言ってしまった。
「何でもなくないでしょ。そんな機嫌悪そうな態度と言い方されちゃ、心配するよ」
くっ…さすが幼なじみ。簡単にばれちまった。
あれ、でも俺、こいつらに冷たく当たる必要ないよな…なんで、なんでだ…
「マー君?」
顔を覗き込まれて、ハッとする。
「お、おう」
適当に返事した瞬間、頭の中に文字が浮かんだ。
『嫉妬』
…我ながらなんて醜い…そんな感情早く捨てないと、いいスイーツなんて作れない。だが、浮かんだ文字は肥大化し、俺は花房と安藤に対して嫉妬しているのだと気づかされる。
やめろ、仲間だぞ。ずっと同じグループでスイーツを作ってきて、それなりに仲良くもなって…
そうだ。むしろ応援するくらいじゃなくちゃ。仲間同士がそういう関係を持てたら、愛だの恋だのがテーマのスイーツが作りやすく…
悪い、応援なんかできねー!やっぱダメだ。応援なんかしてやれる程俺のアイツへの気持ちは冷めやすくない!いやむしろフォンダンショコラくらい熱々だ!
仮に天野が花房か安藤が好きだとしても…上手くいくな!絶対上手くいくな!ああ最低さ。俺は最低…最低な願い事してることくらい自分でも分かる。
天野の言った通り、俺はデビル、そう、悪魔だったんだ。そんな悪魔の考えを自分でも応援しちまう。完全な悪役さ。
「樫野!」
花房と安藤が本気で心配した顔を向けてくる。
やめろ、お前らのことを嫉妬だなんて見苦しい気持ちで見ている俺のことを心配なんてするな…!
「…っ!大丈夫だっつってんだろ⁉︎ほっとけよ!」
これでいいんだ。アイツらに会うと嫉妬しちまう。ならこうやって遠ざければいい。その方がアイツらも俺の心配せずに済むからいい。
2人はしばし驚いた後、顔を見合わせて、「今は放っておこう…」と話し、去っていった。
そう、それでいい。
と、思ったのも束の間。
2人は天野の所に向かった。
天野に話しかける花房。顔を上げて楽しそうに話す天野。それにつられて笑い出す安藤。
…やめろ、やめてくれ、もう…
キンコンカンコン
その瞬間、授業が始まるチャイムが鳴った。

* * * * * * *

「…はよ」
あの後、結局2人とは話さないままだった。スイーツの実習でももちろん無言。そのせいかスイーツの出来がイマイチで評価は低くつけられちまうし最悪だった。そして部屋でも常に無言。ショコラが何事かとウロチョロしていたが、それも無視していた。
余裕がなかったんだ。アイツのことで頭がはち切れそうで辛かった。
だが一晩寝たら少し気持ちが落ち着いた。だから、とりあえず2人に謝らないと、と思い、まずは花房に声を掛けた。
花房は少しの間こっちを見て、にこりと微笑み「おはよ、樫野」と返事を返してくれた。
昨日散々酷い態度を取ったというのに、そんなことなんてなかったかのように接する花房に、頭が上がらなかった。
「大分落ち着いたようでよかった」
「ああ。昨日は色々と悪かったな」
「いや。…でもさぁ、もうちょっと抑えた方がいいと思うよ?」
「ホントに悪かったと思ってる。今度からは気をつけ」
「そっちじゃなくて、あの後だよ」
「後?なんかしたっけか、俺」
あの後…は、ずっと無言だったはず。2人と目を合わせることもせず、ただ静かにしていただけだが…
「あの後僕たちがいちごちゃんに話しかけた時、樫野めちゃくちゃ怖かったんだよ?すっごい睨んでくるしさ。死ぬかと思った」
「え…」
「無意識なら尚更ね。ホント敵作るよ、あんなことしてちゃ」
俺が…無意識で2人を睨んでた…⁉︎
嫉妬以外の何物でもねーじゃねーか!うわあ…もう嫌だ布団被って寝て忘れたい…
「まぁでも…」
花房はニヤリとして言った。
「樫野がそんなに必死になってまでいちごちゃんに恋してるなんてねぇ」
「ばっ…それは…!」
「恥ずかしがることなんてない。まぁ薄々勘づいてはいたけれど…まさかここまでとは。ホント、恋は人を変えるものだねぇ」
「花房…お前なぁ…」
「あ、大丈夫。安藤も知ってるし!いちごちゃん本人は多分気づいていだろうけど…どうする?僕たちから言っとく?」
「はっ⁉︎おま、やめ!」
「はは、嘘だよ。落ち着いて」
「くっそ…」
朝からなに取り乱してんだ俺…しかも花房相手にだぞ。マジありえねー。
というか安藤にまでバレてるのかよ。ホントなんでこんな…
「でもさ、僕らに嫉妬ってことは、もしかして君、いちごちゃんが僕らのどちらかを好きって思ってるの?」
「好きとまでは言わないが…まぁ、そういう感じだろ」
好きとまでは言わない…とは言うが、そこには好きという事実を認めたくない自分がいた。
「それは違うね」
「…は」
それって、どういう…
アイツは花房や安藤のこと話してる時、すごく楽しそうで…
「おい、それって」
「あ、もう時間だ。そろそろ行かないとショートホームに間に合わないよ。今日もテンパリングの練習するんでしょ?」
え、もうそんな時間なのか!いやいや、いくら話していたからといってそんなには…
しかし時計を見ると、ショートホームが始まる1時間前に迫っていた。
30分程練習をして、朝食を摂る時間を考えるとかなりギリギリだろう。
ね?と、花房はクスリと笑って、部屋を出て行った。
「君は早とちりしやすいからね。よく周りを観察して、じっくり考えるといいよ」
そんな言葉と共に。

* * * * *

「あ、樫野。おはよう」
朝食にパンを食べて教室へ向かうと、ドアの前にここ最近頭から離れることのないアイツがいた。
「天野…はよ」
目が合わせられない。ふい、と目線をそらす。すると天野はそんな俺の目を追うように顔を近づけてきた。って、近すぎるんだよ…!
「な、なんだよ…」
「まだ、元気ないね」
「は…」
「昨日から何か…怒ってる?というか全部上の空みたいだったからさ。安藤君達とも話さないし、ケンカしてるのかなぁって心配してたの」
鈍感な彼女でさえ俺の異変に気がついていた。花房のいう、『よく周りを見る』とはこういうことなのか…?
「…樫野?大丈夫なの?」
「え、あ、おう。大丈夫だ。お前は何の心配もせずスイーツ作りの勉強でもしてればいいんだよ。今日こそは実習で高評価得るんだからな。ぜってー足引っ張んじゃねーぞ」
「もー!人がせっかく心配してあげてたのに!このデビル!鬼ぃ!」
騒ぎ立てる彼女がどうも可笑しくて、俺まで笑ってしまった。
すると笑ったときにふいに目に入った彼女の綺麗な髪がピンッと跳ねていることに気がついた。
よくクルクルと髪をカールさせているが、さすがにこのハネは場違いにも程がある。意図的ではないことは明らかだ。
「…お前、寝癖ついてる」
跳ねた部分を指で突いて指摘する。あ、髪、柔らか…
ドクリと跳ねる俺の心臓。そして跳ねた髪を急いで直す天野。
「あ、やだホントだ…ありがとう樫野。恥ずかしいからナイショよ?」
なっ…え…
シーッと口に指を当て、可愛らしい仕草をする天野に、俺の心臓は更に跳ねた。
天野はそのまま教室に入っていったが、俺はすぐには動くことができなかった。
なんだあれ、急すぎるだろ。反則だ…ずるい、ずるすぎる。
「樫野君?」
ボーッと突っ立っていた俺はどうやら入り口を塞いでいたようで。やってきた先生に不審な目で見られた。
「あ…すみません、今入りますから」
「待ちなさい樫野君、あなた昨日から様子が変よ?授業にも身が入っていないようだし、成績トップのあなたらしくないわ」
俺らしくない…そういや昨日花房や安藤にも言われたっけ…
俺がアイツに恋をした、その1つの事実が俺をここまで変えた…ということか
「…心配ごとでもあるの?先生、相談に乗るわよ」
「…いえ、これは俺の問題ですから。心配なさらないでください。今日からはちゃんと授業聞きますから」
「そう…無理しないのよ」
「はい」
俺が教室に入ると、先生は大きな声で座りなさい、と促した。それを聞いた天野が慌てて席に戻ろうとして、誰かの荷物に足を引っ掛けて転んでしまった。みんなに大丈夫かと聞かれ、平気平気〜と呑気な返事をする天野。今日も、彼女はとても可愛い。
世界が弾んでいる、そんな気がした。

* * * * *

周りを見る。
花房に言われた通り、俺はじっくり周りを見た。
睨まれてると思われないように加減をするのがめちゃくちゃ難しかった。
よく見てみると、天野の周りにはあまり男子は近づいてこないようだった。近づくのは花房と安藤と俺くらいだった。あとはたまたま天野が落としたペンを拾ったやつだとか、どうでもいい奴らばかりだった。
まぁ天野は別段モテるわけじゃないだろうし、そこまで不思議なことでもないのかもしれない。
授業中は、しっかり先生の話を聞きながらも、たまにちらっと天野の様子を見てみた。
しっかりノートを取って、演習問題にも挑戦…あ、今諦めたなアイツ。天野の横の席の加藤はそんなアイツに丁寧に問題の解説をしてあげているようだ。まぁそんなことをしている間に俺は5問も解けてしまったが…。
アイツは努力家だ…ということは前から知っていたが、こうしてよく観察していると、思っていたよりも頑張っているようだ。問題が分からなくても加藤とかに粘り強く質問して、分かるまで考え続ける。まぁそれがどこまで頭に残るかは別として、誰もが認める程に努力しているのだけは明らかだろう。それがアイツのいいところだ。
…ただ、この観察が今の自分にどれほど必要なのかが分からない。これで天野の好きな人が分かるとは思えないし、正直ストーカーじみている。
俺は花房の言った意味が分からなかった。

* * * * *

「で、いちごちゃんを見続けた結果分かったことはそれだけ…と」
「…はい」
「いちごちゃんの長所見つけてもっと惚れたっていうのが今日の収穫?」
「まぁ、そう言われりゃそうだな…」
「……はぁ。まぁ別にそれはそれでよかったんじゃないの?いちごちゃんのことをもっと知れて嬉しいんでしょ?」
「あんのなぁ!俺はそんなことをしたいんじゃねーんだよ!俺は…アイツの好きな人が誰なのかを知りてーんだ」
「アイツってだあれ?」
「あ?アイツしかいねーだろ!あま…」
え、今の声って…女?っていうかこの声は…
「あま?」
「うわあああ!あ、天野!いつからそこに!」
「なによ、そんなに驚かなくてもいいのに!たった今来たところよ。二人が見えたから話に混ぜてもらおうと思ってね」
ちょうど今は昼休み。そばにはサロン・ド・マリー。なるほど、たまたま通りがかったのか。
「それにしても樫野が恋話なんて珍しいこともあるのね。絶対そんなの興味ないって思ってたのに…」
ぷっ、と花房が笑いかけたので、それをギロリと睨んで制止する。
「それでそれで?アイツって誰?樫野の好きな人?ねぇ誰誰〜?」
めったにそういう話をしないからだろうか。天野の目がめちゃくちゃ輝いている。
どう答えようか悩んでいると、花房がとんでもないことを言い出した。
「そうだよいちごちゃん。樫野の好きな人の話!」
「うおおおいっ」
「え、樫野、ホントに好きな人いたの?」
花房の投下した爆弾の処理をどうしようかと困っていると、天野が珍しく声のトーンを下げて聞いてきた。…なんだその不安そうな目は。
「…そうだよ。俺にだって好きな人くらいいるさ。…悪いか?」
すると天野は目を見開いて心底驚いたような顔をした。…さっきから何なんだこいつは…
「何だよお前。俺に好きな人がいたらおかしいのか?」
「違…違うけど…」
歯切れの悪い答え。妙な間が空く。
花房がそっと俺らから離れる。
その間がどうも気持ち悪くて、俺は話題を切り替える。
話題は…俺がずっとこいつに問いたかったこと。
「そういうお前こそ…好きなやついるのかよ」
どんな答えが返ってくるのか怖かった。だが、もうこれしか話題がなかった。それほどまでに俺の頭の中はこの疑問でいっぱいだった。
頼む天野、いないって言ってくれ…








「い…るよ」









時が止まった気がした。
綺麗な飴細工がバキバキと音を立てて粉々に壊れていくような、そんな感覚。
ヒヤリと、身体の中心を何かが通る。
信じたくなかった。そんな事実、ないって信じたかった。
すると何も答えない俺を見て、天野が慌てて付け足す。
「あ、でもね!それ…終わったんだ」
「へ」
「失恋したの…私の好きな人にね、好きな人がいたんだ。だから…この恋はおしまい」

え?
マジで言ってるのかそれ…
やったぁぁぁぁ!
と、心の中で叫ぼうとした瞬間、
俺は天野の苦しみに耐える顔が目に入った。
そうだ、失恋だって言ってたろ…
天野は苦しんでいる。そう、悲しみ、辛さを耐えている。
だが…俺にとってはものすごい朗報だ。
…素直に喜んじゃダメかよ。
また悪魔が出てきやがった。俺の心に蔓延る悪魔が。
『いけないことですか?』
『だよね』
『わかってますよ』
だが…俺をおかしくした恋愛の嫉妬…そうだ、ヤキモチという言葉が似合う。
そのヤキモチは俺の中でもがいて、俺を楽にさせてくれないんだ。
天野に今好きな人がいない以上、もっと天野と話して、天野のいろんなところを探して、

天野を独り占めしたい。

「…じゃあ、私そろそろ行くから」
天野が行ってしまう。あの苦しみを耐えている顔のまま、行ってしまう。
ダメだ。アイツにはあんな暗い顔似合わない。俺が…アイツを、
笑わせてみせるから。

「天野」

呼び止める声。もう後戻りはしない。

「話がある。今日の放課後4時10分教室で」
心臓が鳴り止まない。少し 少しの間の我慢だから。
天野は少し驚いたような顔をして、頷いて去っていった。

なんだろう、すごくドキドキする。って、俺は女子か。なんだよこの少女漫画のような気持ち。
てことは、俺に今まで告白してきたやつらも、みんなこんな気持ちを味わってきたってことか?それなのに俺はいつも冷たく突き放すような言い方で…
そうだ、これからはもっと相手の気持ちを考えていかなきゃならない。そうすればきっといいスイーツだっていっぱい作れ
「おっそ」
はぁ…と溜息を漏らす花房。あ、そういえばこいつがいたんだった。
てことは!さっきの告白の前兆みたいなのも全部聞かれて…
うわぁぁ…しまった、こいつの存在完璧に忘れてた…!
「やっと告白する勇気湧いたんだねー、おめでとう。それにしても流石だねお二人さん」
よく見ると、奥には安藤も見えた。ってアイツまでいつの間に⁉︎
「素晴らしい程のすれ違いだよ」
すれ違い?何を言っているんだ?
「まぁいいや、そのすれ違いも今日でやっと終わり!長かったねー、安藤」
「ホントだよね。やっと僕らも落ち着けるってとこかな」
何なんだ、こいつら。さっきから何を話している?
「おいお前ら、何を」
「さーて午後の授業に行かなきゃねー、調理室集合でしょ?急がないと遅れるよ樫野」
「よかったねマー君、天野さんの近くにいられるよ」
あははー、と笑って先に行ってしまう花房と安藤。何かすごく違和感を感じる話し方だが…
まぁいいか、と俺は諦め、調理室へと向かった。

* * * * *

実習中は、お互いにぎこちない動きをしていた。
今日こそは高評価を得ようと頑張ったが、天野がボウルの中の材料をこぼしたり、チョコの湯煎中に火傷したりで時間をロスしてしまい、結局時間ギリギリになってしまった。
まぁ、かく言う俺も、卵を手で握りつぶしてしまったりした訳だが…
そんなこんなで午後の授業もあと一時間で終わり。
現在午後三時。
約束の時間まであと一時間少し。
四十分にチャイムが鳴り、五十分まで清掃、四時までショートホーム。
そして…放課後誰もいなくなった教室で、俺はアイツに伝えるんだ。
ホントは授業なんて聞いている余裕はなかったのだが、今朝先生にちゃんと授業を受けると言ってしまった手前、集中せざるを得なかった。
話を聞いている最中も、心臓がバクバクいって、たまに腹が締め付けられるように痛くなるのが辛かった。
身体の奥から何かが湧いて出てくるような感覚。
こんなにも授業時間を遅く感じたことはなかった。
腹痛に耐えていると、先生が天野を当てた。
よりにもよって、数学の応用問題。天野は解けるのだろうか。
「えっと…y=5x+2a-12b…です」
珍しく俺と答えがあった。…逆にこっちが間違っているんじゃないかと心配になる。
「正解です、天野さん。難しい問題なのによく解けたわね」
俺はハッとした。この問題、この前の授業で天野が苦戦していた問題と類似している。あの時諦めずに加藤に聞いていたから。ちゃんと分かろうと努力したから天野はこの問題を解くことができた。
俺はもしかしたら、天野のこういうところに最初に惚れていたのかもしれない…
キーンコーンカーンコーン
お待ちかねのチャイムだ。
あとは清掃、ショートホーム…
あと少し。あと少しだ…
ノートを閉じて、顔を上げると、一瞬天野と目があった。
俺は急に顔が熱くなるのを感じて、ふいっと目を逸らしてしまった。
…やばい、もう少しだっていうのに急に怖くなってきた。
あと二十分もしたら約束の時はやってきてしまう。
やばい、ちゃんと決意したのに…どうしよう、どうしよう…

* * * * *

「起立、さようならー」
さようならー、と言う声と共に教室は一気に騒がしくなった。部活に向かう生徒、遊びに行く生徒、図書室へ勉強しに行く生徒…
クラスの人数がどんどん減っていく。その数が二人、つまり俺と天野だけになれば、もうタイムオーバーだ。
くっそ…なんでこんなに急に怖くなるんだ…メンタル弱すぎるだろ俺…
「マー君」
俯いて困っていると、安藤と花房がそばにいた。
「頑張ってね。僕ら、サロン・ド・マリーにいるから」
「報告、期待してるよ。なんならいちごちゃんも連れてきてよ」
「…それ、俺が振られない前提じゃねーか」
「まぁ、もし振られたらケーキ奢ってあげるから安心しなよ」
「それじゃ、ファイトだよ、マー君!」
そう言うと、二人は手を振って教室から出て行った。

自然と、気持ちが前向きになれた気がする。
あいつらと話したからだろうか。緊張も解けたし、少し気が楽になった気がする。
もしかして、最初からそのつもりでアイツらは俺に…
持つべきものは友達、とはよく言ったものだ。
「樫野」
頭上からの甘い声。主はアイツしかいないわけで。
「教室、誰もいなくなったよ。あと、時間もね」
顔を上げて時計を確認すると、ちょうど四時十分だった。
時は満ちた。
「話ってなぁに?」
首を傾げる天野。
俺はそんな天野の瞳をしっかりと見て、言う。
「さっきお前…失恋したって言ったろ」
「うん」
「じゃあ、今お前には好きな人はいないってことでいいのか?」
「え…う、うん」
だったらさ…








「俺じゃダメか?」








お前の好きな人、俺じゃダメなのか?
見開かれる瞳。
何か言いたげな口。
何だよ…言えよ、
何だって受け止めてやるから!
「あの…私、すごい勘違いしちゃってたみたい」
勘違い?何のことだ?
「私の好きな人ってね…か、」
か?
「樫野だったんだ」









え?
待て待て。
何だこの展開。
これはドラマか?漫画か?
現実に起きた話だとしたら奇跡だと思った。
「…ホントか?」
嬉しいのに、信じられなくて、思わず確認する。
「ホント…です」
こくり、と頷く天野。
じゃあアレか?天野の言ってた好きな人ってのが俺なら…

『失恋したの…私の好きな人にね、好きな人がいたんだ』

俺に好きな人がいるって分かって、それで天野は失恋したと思い込んで…

『素晴らしい程のすれ違いだよ』

花房の言っていた意味がやっとわかった!
確かに、漫画とかの世界で起こりそうなすれ違いだ…

「何だよそれ」
そんなのって…
「俺の心配返せよマジで…」
あのドキドキ返せ…何だこの茶番じみた事件は。
結局俺らはお互いを勘違いしていたってことか。
何だそれ、バカみてーだ。
「樫野?」
「あー…なんかすごく損した気分…」
「勘違いしてたこと?」
「そ。もっと早く気付いていればなぁ」
「あはは…でもいいじゃない。こうやって勘違いだって分かって…両思いになれたんだから?」
チラッと俺の方を見てくる天野。
やめろ…そんな甘〜い視線を向けられたんじゃ…
俺は、天野に「そうだな」と返して…
「なぁ天野。疲れた時には甘いものっていうよな」
欲望を曝け出した。
「え、何々?ケーキ食べに行くの?」
「あー、後で花房と安藤がサロン・ド・マリーに来いって。早く報告して欲しいんだとよ、俺たちがどうなったのか」
「ええ!なにそれ恥ずかしい…」
顔に手を当て恥ずかしがる天野に、欲求は更に膨らむ。
「…その前に、糖分補給したい」
「え?ごめんね、今お菓子持ってないんだけど…」
「そーじゃなくて」
ガバッと天野を抱きしめる。
恥じらいながらも、ギュウッと身体を密着させる。
彼女の柔らかさに自分までとろけてしまいそうだ。しかもいい匂いまでしやがる…やばい、やめれない。
天野は急なことに驚き、『え』とか
『あ、や』とか言葉にならない声を出していたが、次第に俺に体重を預けるように、身体を密着させてきた。
そんな彼女が可愛すぎて。
「好き、大好きだ」
抱きしめる力を更に強めて、想いを吐き出す。
「私も…だーい好き」
彼女の甘い声が耳のすぐ側で聞こえる。
それだけでもう嬉しすぎて。
この時間が、たまらなく愛おしく感じた。


忘れることのない、俺の
*ヤキモチの答え*

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