パロディ置き場

□探偵パロ
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由緒正しい日本家屋。
立派ともいえる屋敷の中、畳の上に座布団も敷かず二人の男が向かい合って座っていた。
一人は白髪混じりで初老、しかし精悍な男。一人は若々しい黒髪の、まだ顔には少年の名残を見せる若い男。
意思の強そうな目元はそっくりで、二人が親子である事は察するまでもない。
しかしこの良く似た親子の間には、決して和やかでない空気が漂っていた。

「本当にいいのか」

長らくの間流れていた沈黙を破り、ため息混じりに父親が息子に問うた。

「決めたことだから」

そう言うと、息子は立ち上がり父親を見下ろした。

「俺は、俺の力でやっていきたいんだ」

その言葉を最後に、口元を引き締めて息子は沈黙した。
父親は何も言わない。
息子は深く頭を下げ、その部屋を、己の家を後にした。






彼、上泉信綱は探偵業を営む家の息子だった。祖父が立ち上げた事務所を、父親が引き継いでいる。祖父の代からの功績と信用で、昔から刑事に協力を要請される事もある程の、世界が認める探偵事務所。
上泉探偵事務所といえば、信綱の住む地元では知らない者は居ないと言われるほどだった。
信綱も幼い頃から祖父や父親に連れられ、仕事を間近で見て、ある程度物事が考えられるようになると共に推理し、徐々に探偵への憧れを募らせていった。
いつかお前が3代目になるのかねぇ。と幸せそうにまだ幼い信綱を撫でていた祖父の笑顔を今でも思い出せる。
きっと自分がこの事務所を継ぐのだ。
そう信じて疑わなかった。

しかし彼は成長するにつれ、ある現実に頭を悩ませる事になる。
高校の時だ。
あの上泉探偵事務所の息子として一目置かれる立場にあった信綱は、何かある度に探偵として引っ張られた。
勉強という意味でなく、考えるのが好きだった信綱は嬉々として頭を振るい、解決へと導いた。
そうして、何かあると上泉と呼ばれて頼られ、少し考えれば分かることを言うだけでさすが上泉だと称えられる。
気がつかない訳がなかった。
自分が、信綱が頼られているのではない。頼られているのは上泉であるという事を。
上泉だから呼ばれ、称えられる。
彼は周りから見ると、上泉であった。
彼は上泉だった。
彼を信綱と名前で呼んだのは、特に親しかった片手で足りる程の数の友人だけだ。




俺は、俺として認められたい。

信綱は、いつしか事務所を継ぐ気なとなくなっていた。








薄暗い和室に、1人残された父親。

「若僧が」

低い声だった。

「この業界で、世間からの信用を得るのがどれ程大変か」

祖父の代から、コツコツと積み上げてやっとここまで安定して営業しているというのに。

「惜しいものだ。ここでやれば、そこそこ出来ただろうものを」

頭の筋は悪くない。
しかしそれだけでは駄目なのだ。

探偵は情報をいかに仕入れるか。これも命綱である。
独自の情報網を持たなければ、いくら頭が回っても意味がない。

ただの若僧が、そんなものを果たして確立することが出来るのか。

この上泉探偵事務所には、信用も知名度も情報網も全てが揃っている。

「青いな」

しかし、そんな息子の背中を押してやりたい気持ちも確かにあるのだ。それもまた、彼が信綱の父親であるからなのだろう。

















「しかしまずったなぁ…」

信綱は病院のベッドの上で頭を掻いていた。
大学時代にバイトで貯めた貯金を資本に、ボロだが街中の2階建ての借家を借りて、オフィスとして見れるよう1階を(手作業で)簡単に修繕し、2階部分に住居スペースを整えた所までは良かった。
初めて来た依頼は、妻の浮気を突き止めてほしいという中年の男からのもの。
男から話を聞き、妻の行動範囲からパターンを導き出して張り込みをすると、簡単にその浮気現場に出くわすことが出来た。しかしあろうことか夫まで張り込みをしていたのだ。気になって仕方がなかったのだろう。しかし不味いことに事実を目にして激怒した夫が、妻の浮気相手に殴りかかった。
慌てて止めに入った信綱はこのざまである。

「まさかあのおっさん柔道の段持ちとか…運なさすぎる」

信綱の左腕は綺麗に折れていた。
医者も驚く程なのだから、もう笑うしかない。

手術はもう終えたが退院はあさって。
そういうわけで、暇をもて余している。うっすらと腕に鈍痛が響いているが、彼の頭は元気だった。

昔から、祖父や父にならって周りの様子を観察するのが日常の習慣になっている信綱は、己のこの習慣に苦笑しながらも、どこからともなく漂ってくる病院独特の、人々の静かな喧騒に耳を傾けていった。
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