▼遠野の月

□七話
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遠野に帰ってきてから淡島と雨造に抱きつかれて重たいし
そのまま緊張の糸が切れてぶっ倒れるし
目が覚めたら自室にいるし…

布団の上にいつも李啓が羽織っている着物があった。


「てか…」


徐々に思い出す昨日のできごと。
確かに恐ろしいと感じることも怒りを覚えることもあった。

だがそれよりも


(俺が男の李啓が好き!!?)


ふと気付いた自分の気持ち。


支えたいという気持ちも
笑顔を見たいという願望も

胸の奥の暖かさも
心臓の動きや音も

李啓がいないと現れない。
思うだけでも顔が火照る。


「なんか屈辱だ…」


顔を両手で覆って呟く。
と、同時に襖が開いた。


『イタクー入るぞー』

「!!?」


そこに現れたのは想い人の李啓。
内心大慌てだが冷静を装った。


「なんだよ」

『ああ、なんともなさそうだな。よかった』


ニコッと笑う李啓にきゅんとする。


(やめろぉおお俺は男だぁああ!!)


『ところでイタク』

「あ!?」

『え、なんで怒ってるの』


ビクッと肩を震わせる。
悪い、とつぶやいてからイタクは李啓の方を向いた。


『昨日…お前を連れて行った男は窮鼠じゃないって言ってたよな』

「ああ」

『じゃあ、お前を攫ったのは黒髪ポニーテールのスーツ男か』

「そう、だな」


思い出そうとすればズキッと頭が痛む。
なぜかはよくわからなかった。


『そいつの特徴覚えてないか?』

「特徴…?」

『なんでもいい。癖のある喋り方とか、手癖が悪いとか…』

「そうだな…」


ズキズキと痛む中ふと思い出した言葉


「"ただ…李啓に会いたいだけ"…」

『え?』

「そいつがそう言ってたんだ。
 間延びした喋り方から一転して…」

『間延びした喋り方…』


顎に手を添えて考え込むとイタクの異変に気付いた。


『頭、痛むのか?』

「ああ、少し」

『そうか…悪かった。
 今日はゆっくり休んでくれ』

「いや、俺の仕事『無理すんな。俺がやっとく』でも」

『暇人にまかせとけって』


ニパッと笑って李啓は襖を閉めて去っていった。
どっと力が抜ける。


(恋って…よくわかんね)
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