▼遠野の月

□四話
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呼び出されたのは特訓場から離れた奥の滝だった。
妖気はなく、誰もいないようだ。
あたりを見渡しても目の前を歩くイタクの背中しか目に入らない。

だが、ピタリとイタクが動きを止めたため李啓も歩みを止めた。


「お前はなんでここに来た。」

『え?』


イタクの言葉に目を丸くする。


『あ、ああー…言ってなかったっけか。
 俺は強くなるがために遠野に来たんだ。
 元からここには立ち寄ってたし、赤河童とも顔見知りだったわけで…』

「違う。」

『へ?』


イタクの声のトーンが低くなる。
それに驚きつつもイタクを見た。


「強くなるため…俺がお前のことをよく知らないから言えた、って感じだな。
 残念だが…」


ようやく李啓の方を向いた。
だが、明らか目には怒りがある。


―嘘からの怒り、か…


「お前の強さくらい…知っている。
 この里の中で赤河童様以外お前より強い奴はいないはずだ。」

『・・・・・赤河童から何を聞いた』


木に体重を預けてイタクを見つめた。
李啓のいつもとは違う偽りではなく、明らかに敵意を向ける瞳を見てイタクが少し怯む。


「赤河童様には…お前がここに出入りをしていたことを聞いた。
 それと、お前の強さに惚れて…里を出た奴もいるって。」

『それだけか』

「あ、あぁ」

『・・・・・ならいっかー』


ずるずると木の下に座りニパッと笑う。
その行動にイタクは呆然とした。


『イタクが知ってるってことは淡島たちも知ってるってことかー
 なーんだ隠す必要ねえじゃん』

「お前」

『ん?』

「…一体何者なんだ」


イタクの言葉に李啓は目を伏せてから真っ直ぐな瞳でイタクを見つめた。
澄んだ青い瞳がイタクを捉え、ドキッとする。


(なんだ、今の?)


『俺は…そこらにいるふっつーの妖怪だよ』


そう言い終えると李啓はニカッと笑った。
その瞳から嘘なんて感じ取れなく、イタクは小さく息を吐く。


「そうかよ。」

『疑い晴れた?』

「…3割ほど。」

『お、なかなか大きいな。
 あと7割かー頑張ろ』


よっこいしょーとか呟いて李啓は立ち上がった。


『ああ、そういえば悪かったな。』

「何が」

『お前のこと押し倒しちまって』

「っ!!?」


ボンッとイタクの顔が真っ赤になった。
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