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□視線の先に
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最初にその人と出会ったのは、荒れまくった高校の近く。
金髪でスカートが短い所謂ギャルみたいな女の子の集団から少し外れた場所に私は立っていた。
ぼーっと空を見上げる私とは対称に彼女たちは鬼邪高校の生徒を逆ナンしている。
お願いついてきてと親友に頼まれたから来たけど、正直もう帰りたい。
帰って最近再熱してきたドラマの再放送を見たい。
そんな欲望がふつふつと浮かび上がったけれど、彼女たちは勝手に盛り上がって捕まえた男の子達とこの後デートするようだ。
しかも私の含めて。
そんな殺生なとは思ったけれど、親友がそれはもう嬉しそうに笑っているものだからたまにはこういうのもいいかと微笑んだ。
私は友人にはどうやらとことん甘いみたいだった。
そんなことを思っていた時だ、彼を見つけたのは。

「村山さん!」

誰もがその名を口にする。
憧れと誇りとほんの少しの嫉妬と。
バンダナと少し長い前髪で綺麗な目が少ししか見えない。
誰だろうと顔を覗き込もうとすると親友が腕を引っ張った。

「村山さんだよ!あの!」

どの。
と言える雰囲気でなかったことは確か。
今から登校という定時制の彼は口元に薄ら笑いを浮かべて、「ほどほどにしとけよ」と私たちと遊びに行く男たちを窘めた。
あ、いまのかっこいいな。
そうやって見つめていると彼と視線が合う。
ぱちっと火花。
村山さんは固まってしまって、私は親友に腕を引っ張られた。

「村山さん超こっち見てる!ヤバい!!」

確かにヤバい。
目をつけられたらどうしよう。
とは思ったけど、やっぱり口に出さない。

「珍しいな、見るからに優等生ちゃんじゃん」

品定めが終わったのか彼はふっと鼻で笑う。
村山さんが見たであろう自分の全身をくまなく調べる。
ひざ下のスカートに黒い髪、化粧のしていない肌。
確かに彼の言う優等生ちゃんだ。

「でも、かわいいですよね!?この子」
「え、ちょ」

余計なことを言わんでくれよ親友。
慌てて口を塞ごうとすると村山さんは笑ってくれた。
無邪気な笑顔。
ピリリと今度は心臓に電流が走り抜ける。

「うん、かわいい」

私には少しも触れないで、隣を通っていったそのひとは私に恋心を芽生えさせて去って行った。
親友の悲鳴なんて遠く、ずっと遠くで鳴っている風鈴のように聞こえやしなかった。


村山良樹というその人は、すごく喧嘩が強いようだった。
たまたま鬼邪高校の前を通った時、丁度彼が拳を相手にぶつけているところで、私は息をのんだのを覚えている。
バキとよくない音がして相手の音が倒れ、周りは一気に歓声に包まれた。
その勝利を当然のことのように受け入れている彼を見て指先に力が入る。
足先が全く動かなくなって、無意識に「むらやまさん」と拙い喋り方で名前を呼ぶ。
気付いてくれたりしないだろうか。
するとどうだろう、フラリと立ち上がった彼と不意に目が合う。
とんとんとリズムよく脈打つ心臓が一気に乱れた。
それでもよかった。
彼の驚いた顔を見れて満足。
ゆっくりと手を振ると、彼は固まる。
かわいい。
あの日言ってくれた言葉そのまま返す。
伝わらなければいいなってあまのじゃくな私がそう心の中で呟いて、そのまま私はその場を去った。


それから2日後、また、鬼邪高の前を通る。
がらんとしていた。
誰の姿もない。
土曜日の学校になんてそりゃあ生徒がいないものだ。
私服のスカートがゆれてゆれて。
私の心と一緒にゆらゆら。
日差しを避けるために被った麦わら帽子がぱたぱたと私から離れていこうとする。
逃がさないように片手で抑えて、ゆるりと2階の校舎を見上げた。
あの校舎のどこかの席が村山さんの特等席なのだろう。
きっと男達に囲まれてきらりと光る拳を掲げて上へと登っていくんだ。
いいなあ、と。
醜い嫉妬を石ころと一緒に転げておいて当の本人は踵を返した。


いつか好きと言える日が来るだろうか。
まだ一目惚れだと認めたくない心が膨らんであの人を飲み込んでしまわないだろうか。
いつか、きっと。

「むらやまさん」

目の前にいる驚いた顔をしたこのひとは。

「付き合ってください」

私の小さな純愛を笑わずにもらい受けてくれるだろうか。




2020.09.26 

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