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□拙いゆび
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あなたがいいの。
誰よりもなによりもあなたがいいの。
その口説き文句にまんまとハマってしまったのは山姥切国広。
少し汚れた布を力強く掴んで、顔を隠す姿を神審者である女は極上の笑顔で眺めていた。
山姥切国広が来たのは丁度10振り目。
鍛刀によって顕現された刀であった。
無愛想に、そして被害妄想的なことを口走る彼を誰が1番に愛するだろうか。
予想もしてなかった言葉を出会ってすぐに彼女は投げかけた。
「綺麗な目と綺麗な髪ね、素敵な山姥切さん。どうぞよろしく」
他の誰でもない山姥切だけに向けられたその愛情は、くすぐったくも真剣であったから無下にも出来ない。
山姥切はその日から主である女をことあるごとに心配した。
彼女は誰からも愛される人柄であった為、いつ他の男の手の中に自ら進んで入っていくのだろうかと心配であった。
初期刀である蜂須賀とはあまりにも近しい仲であるし、近侍を務めるにっかりとは常に一緒だ。
最初に鍛刀された今剣とはよく遊んでいる姿を見かける。
他にも名前を上げたらきりがない程に彼女は刀剣男子を心から愛し、愛されており、山姥切も例外なくその輪の中に身を投じていた。
しかしながら、彼はその状況に甘んじることなどどうしてもできなかった。
彼女の愛情を一身に受けたかったからだ。
愛してると囁き合い、唇を合わせる仲にだってなりたかったし、手を繋ぎたかった。
欲望とは一度出てしまえばあふれ出てしまうもので、彼女の傍に居ようと奮闘するに至った。
山姥切りは己の浅はかさに嘲笑するも、彼女の嬉しそうな顔を見てしまえばそれさえも無駄な抵抗だと悟ってしまう。
「山姥切は最近ずっと私の隣にいてくれるね」
近侍でもないのに。
「嫌か」
「いいえ、これっぽっちも。寧ろ」
貴方の隣は心地よいのに。
何故そのような疑問を抱くのでしょうかと彼女は口元に手を当てて可憐に笑う。
確かにそうだ。
彼女のその笑みは山姥切の隣であるからこそであると言うのに。
「そろそろにっかりから山姥切に近侍を変えましょうか」
ころころと彼女の表情のように変わる近侍に選ばれてしまった。
喜びと照れくささと複雑な感情の波に思わず彼女の手を握っていた。
驚いたのは彼女の方だけで、山姥切は冷静に彼女の温もりを感じている。
華奢な手は炊事によってかさかさとしていた。
きっともっと荒れてしまうだろう。
刀剣男子が増えればそれだけ彼女の負担が大きくなるのだから。
全部おれたちに任せてしまえばいいのに。
「これくらいしかできないから」と寂しそうに笑う以前の彼女を思い出して首を振る。
「花見」
「え」
「花見でも、するか」
彼女は目を開き、彼の意図をくみ取ろうとした。
頬は色づく。
双方が。
不意に口を開いたのは彼女の方で。
「では、2人だけで逢瀬を楽しもうね」
満更でもない愛情はいつか交わるだろうか。
人間の真似事でもすればいつかきっと。
山姥切は手を握る以上のことはせず、ただひたすらに心地よい彼女の隣に居座り続け、からかうのが好きな今剣が来るまで、来ても、ずっと。
彼女の手を握りしめ続けるのだった。
2016.05.08