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□おんなのこの魔法
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たまたま見つけた真っ赤なワンピース。
あのひとに似てたから、ウィンドウに飾られたそれをすぐに買った。

「可愛いでしょ?」

ワンピースと同じ赤い色をしたリボンのついたパンプスも、ひらりと舞う裾も、全部全部褒めてほしくて。
だから得意げに笑顔を浮かべて黒い髪をゆらゆらさせてみたの。
でも、遥か上にある双眸はちっとも私を見れくれなくて、もう一度可愛いでしょって投げかけてみた。
暫くの沈黙の後、彼は私のことは構わずにはるか向こうにいってしまった。
取り残された私がどれだけ虚しい思いをしているか理解していてそんなことをするものだから、余計にたちの悪い魚人だ。
同族にはあんなに優しいのに。
最近船に乗せたコアラちゃんにも優しいのに。
なんで、あなたに一目惚れしてずっと健気に働いている私を見てはくれないんだろう。
あなただだひとりに愛されたくて、堪らないのに。
もしも、私が人魚だったならその瞳いっぱいに私のこの赤いワンピースを視界に入れてくれたのかな。
今泣きそうな私を見てくれたのかな。

「きらい」

ぽろぽろ地面に落ちていく涙を、ポシェットから出したハンカチで拭って自分の色白の肌を睨んだ。
人間なんてやめてしまいたい。
苦しい。
くるしいんです。
まるで溺れているかのよう。
世界中のいろんな服を見ても、
かっこいい男の人を見ても、
探すのはあなたとの共通点なんです。
ばかみたいに一緒になろうとしている私を、
ちょっとでも憐れんでくれているのなら今すぐ戻ってきて抱きしめてください。
じゃないと、
このまま溺死してしまいそう。
いや、べつにいいか。
視界に入らないのなら、いっそ。


「ナマエお姉ちゃん?」


くりくりの可愛いおめめのコアラちゃん。
心配そうにして、可愛い服を着て、タイガーさんに愛されてるこの子が地面にしゃがみ込む私を覗き込んでる。
優しくて、可愛くて、健気で。
それはわたしだっておなじなのに。
なんで、この子ばっかり。
ずるい。
ずるい。

「ずるいよ、コアラちゃん」
「え?」

ぐしゃぐしゃの顔の私を君も憐れんでよ。

「タイガーさんに、愛されて、ずるい」

そしてどうか、わたしにあのひとから愛される術を教えてよ。
真っ赤な唇から勝手に零れていく、嫉妬は小さなこどもに向けるものじゃないって分かってはいるけど。
もう我慢の限界だ。
ついにぷつんとピアノ線が切れてしまった人形のように地面に膝をついた。
行き交う人々の憐れむ視線が痛い。
でも、コアラちゃんは微笑んで私に言った。

「お姉ちゃんの方が愛されてるよ」

ほらという声につられて、顔を上げた。
そこには私とそっくりな苦しそうな顔をしていたタイガーさんがいて。
悪いとの一言の後に抱き上げられてしまったから、ついに私はやっと酸素にありつけた赤ん坊のように大きく息を吸った。
海の中でも、私は息ができる。
そう確信した。





2015.03.20

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