遥かなる時空の中で

□遥か、君へ (千尋×忍人)
1ページ/3ページ



桜は散る

風に吹かれ、瞬く間にそれ(季節)は終わった。
執務に追われ、気づけば初夏の日差しが宮を照らす。

「それでは王。この件はこれにて終了です」
「ええ。皆さんお疲れ様。もうじき昼食ですから、一旦切り上げましょう」
千尋の言葉に、文官たちも机から立ち上がる。

「それでは私も行ってきますね」
「王もしっかり休んでくださいませ」
文官たちに見送られながら、足早に執務室を後にする。

今日は久しぶりにお弁当を作った。
昂る気持ちを押さえながら、待ち合わせの場所へ向かう。

(報告によればもう・・)

自然と、小走りになり廊下の角にさしかかり‥
「あっ!」

どん!

思いっきり相手にぶつかった。

「ごっ‥ごめんなさい!大丈‥」
「君という人は本当に‥」

相手の声に顔をあげると、そこには厳しい顔の忍人。

「陛下。いくら貴女でも宮内の規律は守るべきだ。そもそも…」
「忍人さん!!」
嬉しさのあまり、そのまま忍人を抱き締める。
「陛下、まだ話は終わってない」
そう言いつつも、忍人も僅かに頬を染めるが、公衆の面前、周囲の視線に咳払いする。

「…陛下。こちらへ」

忍人は、なるべく平静を装いながら千尋を連れて歩く。

二人の仲は公になっているとはいえ、公私はきっちりしていたはずだったが。。。

「全く、先程は本当に驚いたぞ」
「ごめんなさい。忍人さんに逢えて嬉しくて」
王族専用の小さな庭で、二人は昼食をとる。

「…とにかく、廊下は走らない事と、しっかり前を見ることだ。俺でなければ大事になっていたぞ」
「うっ!……それについては反省してます」
しょんぼりしながら、お弁当をつつく千尋に、忍人も一回り小さい声で呟く

「…俺も逢いたかった」

忍人は三ヶ月ほど、常世の国に遠征に出ていた。
禍日神を倒してから数年、常世の国は政治的不安定が続き、内乱が後を絶たなかった。
同盟国の中つ国は、主に物資や、難民の受け入れや支援に力をいれていたが、度重なる戦闘で疲弊した黒雷の軍を支援する為に、中つ国からも将が派遣された。

「報告は聞いていたけど、心配だわ。忍人さん、かなり無茶するもの」
「俺とて無理はしないさ。と、いっても君とみるはずの桜には間に合えなかったがな…」
「ううん、無事に忍人さんが戻ってきてくれただけで嬉しい。桜はまた見れるわ。何度でも…だって時間はあるもの」

禍日神を倒して、最初に訪れた春に話した言葉。
胸が熱くなるのを感じる忍人は、優しく微笑むと千尋に軽く口づけする。

「…そうだ。今度の休みにでも遠乗りに行かないか?」
「うん!忍人さんと一緒ならどこでもいくわ」
「全く君って人は……。ならば仕事はきっちり片づけないとな」
弁当を完食すると、二人はそれぞれの仕事場に戻った。

遠征が終わり、いつもの日常に戻ると忍人は安堵していた。

「皆、長期にわたる遠征が終わり無事この豊葦原に戻れたこと嬉しく思う。よって明日から7日、我が軍は休養に充てる。各々、英気を養うように以上だ」

忍人の言葉に兵達から歓喜の声が上がる。
故郷に戻る者、このまま残る者など皆、慌ただしくなる。

「‥‥‥‥‥」
「ん?」
不意に聞き覚えのある声。
「‥‥‥‥」

少し考えると、忍人は声の聞こえる方に向かう。

「…………忍人」
「遠夜。こんな所でどうした?」

人気のない場所に、棺『土蜘蛛の装束』を纏う遠夜は呪い唄を止める。

「棺を纏うなど、久しぶりにみたぞ」
「‥‥」
装束で顔は見えないが、声で遠夜と確認する。
遠夜の努力の甲斐もあり、今は誰とでも会話ができるようになった。

「忍人…神子が泣いてる」
「!千尋になにかあったのか?!」
「………忍人。神子を救って…」

遠夜は静かに話すと、何やら呪文を唱える。
忍人の影が伸び、数本の腕に変わると忍人を包んでいく

「遠夜!離せ!これはどういうこどだ!!」
「…………………」

忍人を包んだ影は、そのまま虚空へと消えた。

「これで……神子は泣かなくて済む…」

そう呟くと、遠夜も虚空に融けた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ