とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 13
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これは審神者、日高千穂がまだまだ幼かった頃の話である――。
千穂は幼い頃から、俗に言う幽霊というものを見てしまっていた。本人の認識に幽霊はない。
だが普通は見えないもの、ということを何となく理解しており、家族以外にそれを言うことはなかった。
家族は彼女を疑うことはしなかったが、だからと言って真に受けるようなこともなかった。
少し感受性が高いだけ。いつか見えなくなって、普通に過ごせるだろう。そういう考えだった。
だが千穂にとっては大問題だった。他人の顔色を伺い、それが見えているのか見えていないのかを判別する。
必然的に行動が一段階遅れてしまうため、周囲は困り果てていた。
そんなある日、彼女は母親とはぐれ、迷子になってしまった。人が多く、母親を確認できない。

『(どうしよう……。嫌なものが近くにいるよ……)』

彼女の“霊感”は日に日に力を増し、悪いものが近くにいれば気配を感じるくらいまでになっていた。
見抜けるわけではないが、それでも彼女の防衛意識を高めることにはなった。
そしてその“悪いもの”も、そんな彼女に気付いてか、接近を始めていた。
幼さゆえ、危険への対処を知らない千穂は、動くことができなくなっていた。

『(怖いよ……、お母さん!!)』

ただ祈るだけ。助けてほしい人を、心の中で必死に叫ぶ。届くことはないが、それが彼女の精一杯。
悪いものは後ろから迫っている。となれば振り返ってはいけない。見てはいけない。
何も知らないふりを。いつもしているように。しかし時既に遅し。“それ”は手を彼女に伸ばし――斬られた。

「幼子相手に、紳士的じゃないね」

嫌な気配が急速に退いた。千穂は何事かと思い、ゆっくりと振り向く。

「大丈夫かい?怖かっただろう?可哀相に……」

背が高くて、綺麗な、男のヒト。
千穂が最初に感じたのは、基本的な視覚情報であると同時に、人ならざるものであるということ。
悪いものではないし、見えるもの。だけど人ではないし、普通は見えないもの。直感だった。
少し見入ってしまってから、漸く自身が震えていることに気付いた。恐怖からの解放と安堵によるものだった。

『っ!』

「大丈夫。“あれ”はどこかに追い払ったし、もう寄って来ないからね。……お母さんと、はぐれたの?」

目線を合わせ、頭を撫でられて……。このヒトは信じても良いと。また直感で判断した。

『お母さん、待っててって言ったのに……言うこと聞かなかったから……』

「……じゃあ、僕も君のお母さんを探してあげるよ。
君みたいな可愛いお嬢さんを放っておくなんて、主に知られでもしたら……」

『?わ……』

急にふわりと体を持ち上げられ、左腕に乗る形で抱えられた。
高い位置の不安定さは苦手で、千穂は男性の胸元に腕を伸ばし、しっかりとしがみついた。

「このままだと僕の方が不審者かな。君を目的地に連れて行くまでだけど、宜しくね」

『あ、宜しく、です』

その道中、千穂は疲労と安心から、眠りに落ちてしまった。

「……警戒心が無さ過ぎるよ。僕が悪い人だったら、どうするんだい……」

男性は頭を抱える思いで、千穂に似た容姿の女性を探しつつ、目的地――迷子センターへ向かった。





「本当に、有難うございます……!」

千穂が目覚めた時、抱える腕が男性から母親に代わっていたことに気付いた。
母親の匂いのせいで、再び寝入りそうになるのを、普段とは違い、気力で奮い起した。

「千穂ちゃん、起きた?ほら、お兄さんにお礼を言いなさい」

『降ろして……お母さん……』

身をよじる千穂を見て不思議に思った母親は、彼女をそっと降ろした。
千穂はそのまま男性に駆け寄っていった。男性もまた、彼女の目線に合わせてしゃがむ。

『有難う、お兄さん。迷惑かけて、ごめんなさい』

「どういたしまして。お母さんにも、ちゃんと謝るんだよ」

『うん。お兄さんは、きっと大丈夫だよ』

場にそぐわない言葉に、誰もが頭を傾げる。千穂はしまった、というような顔をして、男性の耳に顔を近づけた。

『お兄さんは、私を助けてくれた。だからきっと、その後ろのモヤモヤ、いつかなくなると思う。
大好きだよ、“赤い目”のお兄さん』

「!君は……」

即座に離れた千穂は、頬を赤く染め、笑った。男性はびっくりした様子で、……だがどこか納得した様子で。
彼女の頭を二、三度撫でると、母親に頭を下げ、さっそうと立ち去った。
その数日後、千穂の目に幽霊が知覚されることも、また悪いものの接近とその気配感知の力がなくなった。
千穂にはこの記憶が無い。
まだ記憶野がしっかりしていなかった時期であるのもそうだが、彼女の能力を封じた女神が、その記憶を忘れさせたためだ。彼女を助けた男性というのは、言うまでもなく――。
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