とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 12
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『光忠、さん……?』

私の右腕を、光忠さんが握っている。痛くはないが、それでも力が強い。そして違和感。
彼が、目線を合わせない。考えられたのは、穢れに当てられた可能性。
私の仮説は、穢れはモノに寄りつくというもの。
こんな形で証明されるのはごめんだが、そう考えるしか他になかった。
浄化の札は一応存在するため、懐から取り出そうと自由な左手を動かした。
しかしその手も掴まれ、漸く目線が合ったかと思うと――その目はもう光忠さんのものとは、とても言えなくて。

『っ!!?っく、う……ふ……』

唇が重なると同時に、口内に舌が侵入してきた。愛を以て堪能するのとは、きっと訳が違う。
それは何かを貪り尽くそうとする、狂気、であって――。

『っ、や、め……光、忠……』

突き飛ばされたかと思えば、手を頭上で拘束され、押し倒された状態になる。
息も絶え絶えで、制止の言葉も、助けを求める言葉も、紡げそうにない。
緊急事態になって札が使えるというのに、それすらできない。
審神者になって初めて、絶体絶命と絶望を一気に味わわされた。
光忠さんの空いている右手が、着物の襟を広げ、肌を晒す。僅かに吹く風が、時季外れの冷たさを伴って撫でる。
人間とは不思議なもので。危機に陥ると思考速度が落ちてしまうらしい。危険が、他人事のようだった。
ぼんやりとした思考をさらに追い詰めるかのように、唇が再び重なる。
相変わらず、死ぬんじゃないかと思うほど。いよいよ胸元に手が伸ばされ、まさぐられる。

『(こんな、終わり方だけは……)』

自分の中に、諦めの悪い自分がいる。別の自分が、いる。
ミネくんは、人間が必ず持つ仮面とは違うのかもしれないと言った。時折、妙な力を発揮することだってあった。
であれば――まだ、何も成し遂げていないうちに、終わりたくは――。

――黄金符、急々如律令!!――

――女性の声がした。懐に灯る黄金の輝きは、ゆっくりと大きくなり――。





次に覚醒した時、そこは自分の住まう世界ではなかった。夢、とでも言えば良いのだろうか。
そこは私が見るとぐずってしまう悪夢そのもの。得体の知れない何かが、いつも追いかけてくる。

「気がつきました?」

『!?』

その声は、二度窮地を救ってくれた声であり。その気配は、幾度となく私を助けてくれた空気そのものであり。
得体の知れない怖い何かではなく、優しそうな女性だった。

「結構無理をさせてしまったので、魂を休めようと思ったのですが……」

『え、っと……貴女は?』

「貴女の“悪夢”です」

悪夢、というには些か雰囲気を間違えている気がする。

「私も上手く説明したいのですが、時間もそうないですし、先ず信じてもらえないと言いますか……」

『今更、非現実に気を遣われても……』

そう言うと女性は笑い始めた。……何が面白かったのだろう。私は何も面白くない。

「あー……、私は、幼い貴女にとって“異物”であり、今の貴女にとって“力”になっている者です。
昔、よく幽霊が見えたでしょう?」

『……まあ、それなりには』

「ある日、パタリと見なくなった」

『そう、ですけど……』

「そして審神者の力に目覚めた」

『全部貴女の仕業ですか』

「はい。私はずっと、貴女の魂を借りていましたから」

魂を借りる?ぞっとする話を聞かされ、身震いした。

「表に戻ったら、付喪神に聞いてご覧なさい。“魂のゆりかご”というものについて。きっと解るわ」

言うだけ言って、すううっと消えていこうとする女性に、まだ何も解決していない、と声を荒げれば、いずれまた会えると返されてしまった。いずれとはいつなのか。解るわけがない。だが不思議に思うことはあった。
あの女性を見て、良い感情も悪い感情も感じたが、終始懐かしいと思ったのだ。
彼女に会ったこともないというのに。
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