とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 11
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――拝啓 日高千穂様
覚えていらっしゃるでしょうか。以前、定例報告会にてお会いした相模国主だった者です――

そう始まった文章を見て、続きに目を通すこともなく折りたたむ。
そしてゴミ箱に入れようとして、手元からそれが奪われた。

「……わっ、主様、これって恋文じゃない!?」

『やっぱりか……。捨てておいて』

「ちょ、いくらなんでもそれはないよー!せめて読んであげようよ!」

ランちゃんは私よりもよっぽど女の子らしい。だからコイバナにも食いついてくる。

『私は相手のことをよく知らないし、相手は私の外見と物怖じしない発言だけで判断し、そういうものを出した。
……器が知れている』

「それじゃあ、一目惚れなんて、全部嘘になっちゃうよ!」

『きっかけになるとは思う。けど、私は自然の流れで相手を知り、仲良くなりたいからさ』

「……じゃあさ、主様。その人よりも、ボクたちの方が望みはあったりするの?」

ぎゅうっと、後ろからランちゃんが抱きついてくる。可能性として、無いということはない。
ただ、私がしっかりと線引きをしているだけだ。自分には恋愛など無縁の話だと。
男性を異性として、恋愛的に意識したことは記憶に無い。刀剣たちにだって同様だ。きっと今後も……。

「……主様は、わざと意識してみるべきだよ」

『駄目、それは』

「どうして?だって、主様も解っているでしょ?頑なである限り、そういうのは変わらない」

『……痛い目を、見たことがあるから。これで、気が済んだでしょ。出ていって』

短刀相手に八つ当たりしてしまった。
申し訳ないとは思うが、ランは踏み越えてはいけない領域を超えようとした。
この先の話ができるのは、近侍になれる者だけだ。





「――というわけで、差し出がましいとは思いましたが、私がはせ参じたというわけです」

ランちゃんはあの後、一期さんにこの話をしたようで、何かあったら困るからと、相談相手になりに来たということだった。ふと、溜息をついた。

『……痛い目というのは、父の事です。一時期、父は荒れていて、外に女を沢山作っていました。
その頃の母は、見るに堪えられないほどにやつれてしまって……。まだ、こじれたままで……』

言葉が、想像以上にすらすらと、淡々と出てくる。でも心臓は早鐘を打っていて、焦りのような感情を覚えた。
一期さんの方を直視できない。不安からか、手は袴をきつく握り締めている。
それをぼうっとする頭で捉えていて、感覚としてはまるで他人事だった。

「主」

肩に温かみ、視界が暗くなったのを感じた。一定のリズムで、一期さんが肩を叩いてくれている。
体の緊張が、ゆっくり解けていくのが解った。

「……一度、話し合いの場を設けられてはいかがですか?」

『無理……。過去に、何度だってやったんですよ……』

「貴女は諦めていらっしゃらない。だから、今まで思い悩まれたのではありませんか?
私たちの主は、とてもお優しい方ですから。皆、それをよく理解しておりますよ」

『……でも、だとしても……。私、もう二度と、故郷に帰ることができない上で審神者になったんだから……』

「……なるほど。そういうことですか……」

『一期さん?』

まるで何かを理解したかのような口ぶりに、疑問を抱く。一瞬見上げたその表情には――憎悪が垣間見えた。
しかしすぐにいつもの穏やかな笑みに変わると、私との適性距離に戻った。
その後は当たり障りのない会話だった。話したことで心のしこりのようなものは少しとれたかもしれない。
だが一期さんのあの表情は、頭から離れなかった。





夜遅く、一期一振は山姥切国広の元を訪ねた。千穂の初期刀である彼は、それまでの間、政府に保管されていた。
つまり、政府の事情を何か知っている、あるいは聞き及んでいるかもしれないという考えからの行動。

「俺も詳しいことは知らないが、妙な話を聞いたことならある」

「妙な話?」

山姥切国広の表情に、目に見える変化はないが、纏う空気は先程よりも重くなった。
それは主を守る従僕としてのものか、はたまた千穂を慕う男としてのものか。
いずれにせよ、信頼に値するものでなければ話さない、という意思表示であったのは間違いない。

「何度も審神者の前に初期刀として出されてきたが、毎回その直前に、その審神者についての情報を共有していた。それは変じゃない。だが……、“そういう者にはこの制約が必要だ”という風な話が聞こえた」

「つまり、政府は審神者によって違う制限を与えている、と?」

「ああ。適性者が審神者になる場合の供物かとも思ったが、これは生粋の審神者に目通りされた時点で外れた」

「供物とは違う、政府による制限……?何故、そんな必要が……」

頭をよぎる、良からぬ考えには気付かないふりをして。きっと正当な理由があるのだと信じて。
その発想が、後に悲劇を生むことなど、今は誰も知らない。
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