とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 11
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『(……故郷の味が懐かしい)』

長らく家族に会えていない。親が作ってくれるご飯の味が、急に恋しくなってしまった。
今の生活に不満があるわけではない。主に食事を作ってくれる光忠さんや歌仙さんの料理は美味しい。
だが俗に言うおふくろの味、というのは、形容しがたい温かみがあるもの。恋しくなっても致し方ない。

『(あー、駄目だ。これじゃ集中して仕事なんてできない)』

机に突っ伏して、明後日を眺め始めてしまった。筆は持っているが、動かす気力なんて、とっくに失せている。
筆も放り出し、畳の上にそのまま寝転がった。……鼻を突く、お昼ご飯の優しい香り。
風の流れは程良く私の方に向いているため、匂いもこちらに来る。およそ一年前、ここに来た。
子供と大人の狭間で、更に受験生の時期の環境変化は、それなりにダメージを与えた。
信頼できる人は誰もおらず、男性ばかりの中で、大事に扱われる。そして日常に変貌しかけている、殺し。
血への抵抗はなくなった。医者は人の死に涙できなくなるなどと言われているが、それと同じことだろう。
いちいち動揺していれば、こちらが殺される。普通の生活には戻れない。そう思うと、淡い期待もしなくなった。
刹那的に生きる、冷たい人間。私を知っていた者が、今の私を見ればそう思うことだろう。

『(親には、会えないな)』

きっと悲しませてしまう。これを優しさと呼べるかは解らないが、少なくともそれくらいの良心は残っていた。

「主」

蜻蛉切(かげろうさん)の声が、ふすまを隔てて聞こえた。

『どうぞ』

居住まいを正し、声を掛ける。礼節を守り、かげろうさんは入室した。

「食事ができたようですので、僭越ながら自分が参りました。すぐに支度をされますか?」

『そうですね……』

集中力が散漫で、会話もぼんやりと聞いている。どうも昔に思いを馳せすぎている。

「……自分で良ければ、話し相手にはなれます」

『!』

思わぬ申し出があった。
かげろうさんは私の反応を見て、すぐに撤回しようとしたが、私はそれを引き止め、申し出に応じた。
私の部屋に二人分の食事を配膳し、向き合う形で話した。

『ちょっと、故郷が懐かしくなったんです。そうしたら、色々考えて……。集中力が切れました』

「ですが、懐古は誰にだってあることです。何か、他に思うことがあられたのでは?」

『……今と昔。たった1年で、人は在り方を変えられるんですね。親に、会わせる顔を失うくらいに……』

互いの手が止まり、風さえもやんだ。

「何を以て、そう思われるのです?」

『殺しに、慣れました。そして、自分に死が近付いても、諦念めいたものが先行するようになりました』

何故、来たばかりであるかげろうさんにこのような話をしているのか、解らない。
機微に気付き、声を掛けてくれたからなのか。信頼に足る人だと思ったからか。あるいは……。

「差し出がましいのですが、進言させていただきます。主は、誰も殺してなどおられぬと、自分は思います」

『……直接的にはそうですが、間接的には――』

「異形を、でしょう?罪なき人を殺すことや、理由の無い殺人は認められません。
主は、力無き民を守るという理由で、人ではない異形と戦っている。それを、誰が貶すことができましょう」

『…………』

「義のために、驕ることなく……と、他の刀剣たちからも伺っております。
もし、貴女が許されぬ者であれば、既にこの世に存在していないはずです。そのための近侍なのでしょう?」

『っ、……はい』

私が敵に殺されそうになったら、若しくは私が道を違えるようなことがあれば、主であっても躊躇なく、容赦なく殺すこと。それが私の近侍に課せられた影の使命。

「大丈夫です、貴女は。故郷を、親を思うだけの、優しさがある。苦しくなったら逃げられても良いのです。
我々は貴女を非難しません。それだけのことを、主は成し遂げているのです」

『……はい、有難うございます。かげろうさんに話して良かったです』

「有難きお言葉です」

かげろうさんとの距離を詰めることができた昼食だった。私にとっても、意義のある時間になった。
だが、何故かげろうさんに込み入った話をする気になったのだろう。
そこで年の功だと思い、ミカゲさんに聞いてみた。

「……因みに、そなたの父はどういう人間だ?」

『え?……仕事人間です。でも家ではだらけていて、あまり頼りにできないと言うか、したくないと言うか……』

茶化しているようには思えなかったので、当たり障りのないように、簡潔に答えた。

「ふむ。俺が思うに、蜻蛉切はそなたにとって、理想の父親だったのではないか?
相談できるほどに頼れる、しっかりした大人の男であろう?それに宗三が以前言ったそうじゃないか。
“主は直感的な人間だ”と。であれば、答えも自然と出るものよ」

その回答で、納得できてしまった。暫く私はかげろうさんの後ろをついて回るようになった。
基本的に、なんとなくで。
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