とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 10
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揺さぶられて、意識が覚醒した。

「……魅入られて、いたんだね?」

『……魅入られないと、見分けはつかなかった』

「……まあいいよ。お小言を言いたいところだけど、状況を説明してくれるかい」

「ぬしさまに触れるな」

ぐいっと予想だにしない方向から引っ張られ、黄色のきものの懐に収まってしまった。

『え、なんで……』

「主替えです。そうすれば、鏡の中からの脱出も可能でしたので」

『前の主さんは……』

「罪悪感はありますが、こうなることを予期されていたのでしょう。
でなければ加護ではなく、呪いを施しますから」

「……つまり、その小狐丸が殺された審神者のものなんだね?」

『あー、はい。そうなりますね……』

「はあ……。仕事をちゃんと片付けるんだよ。……君の方が、説明してほしそうだ」

徹さんは私を置いて退室した。私も拘束からの解放を求めて抵抗を試みるが、如何せん男の力に敵いはしない。

『どういうことですか!?』

「言った通りですが……。貴女の力を頂くことで、貴女ごと鏡から脱出し、こうして差支えの無い実体化を――」

『違っ!貴方、だって、脱出直前に――』

「おや、ぬしさまは口吸いは初めてでしたか」

改めて言われると顔が真っ赤になる。確認はできないが、絶対赤い。

「……貴女の力をあのまま受け取っていたところで、共倒れは確定的でした。
私が衰弱し、ぬしさまは霊力を枯渇させる。もしくは、死霊が斬りかかるのは時間の問題だったでしょう。
ですからぬしさまの霊力を根こそぎ持っていく手段として、口吸いと主替えを行ったというわけです」

『……良かった。事務的なものか……』

良くはないが、男女のそういうノリだったら堪えられたものではない。
手順を飛ばして口づけなんて、初心な私の心臓に悪すぎる。

「実際、口吸いをしたのは魂ですから。感覚はあるかもしれませんが、ぬしさまの唇はまだ男を知りませんよ」

『……なんでもいいですから、離してください』

理屈も何もかも解った。だったら解放されても良いはず……なのだが、拘束は全く弱まらない。
寧ろ力強くなっているような……気のせいではない。いよいよ危機感を持った。さっきよりも増して!

「ぬしさま。私はぬしさまに惚れました。
加護を施した主は、真面目なつまらぬ男でしたが、ぬしさまは可愛らしい女子であられる……。
あのような熱い抱擁と健気さには感動いたしました。是非、この小狐を一生の伴侶に――」

『ひええええ!!誰か助けてえええ!!』

身の危険じゃなく、貞操の危険だった。
小狐丸はしれっと私の腰紐を解きにかかっており、パニックを起こした私の霊力はまともに作動しない。
声を聞き駆けつけた薬研くんと次郎姐さんにより、その場は難を逃れた。
……が、暫くその視線に怯え続けたのは言うまでもない。





【因みにその後】
「ぬしさま!」
『ひっ!』
「……そこまで怯えられると、流石に傷つきます……」
『あ、あれだけのことをしておいて、怯えないわけがないでしょう!!
そもそも、私は男性による過度の接触は苦手で!!』
「でもあの時は熱い抱擁をしてくださったではないですか!」
『命の危機だったから当然でしょう!?馬鹿じゃないの!?』
「…………」
『え……?あ、の……すみません。その……言いすぎました』
「……隙ありです」がばっ
『だっ、騙されたあああ!!』
「またか小狐!!」
「チッ」
『うええええ、和泉さーん!!』
「よしよし……。暫くはあれ以外の誰かと一緒に行動しろ。良いな?」
「(全く白々しい。この本丸内にいる殆どが、ぬしさまに対し同じように邪な感情を抱いているであろうに……)」
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