とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 08
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無理矢理納得させて、出陣担当の第一部隊と、遠征担当の第二部隊を別時代に飛ばした。
きっと、その異様さはすぐ感付かれることだろう。解っているのだ。だが、やらねばいけないことがあった。
……少し前、結界の異常に気付いた。維持している私にしか解らないであろう、ひびが入っていた。
結界は半球体の形でこの本丸を覆っている。結界の意義は幾つかある。
まず審神者と刀剣たちの保護。次に無関係者が近付かないようにすること。そして時間軸を曖昧にすること。
これが主な意味であり、政府が公開している情報である。だが本質は別のところにある。
いざという時のエサ用だ。どの審神者の本丸も、最初は政府の結界で、人によっては自分仕様に直す。
ただ力の弱い者や、そういうことに関して学ばない者……総じてある程度時間が経過しても未熟な者は、歴史修正主義者を一気に叩くための捨て駒として、利用される。結界の形は、政府にとってその判断基準なのだ。
そして政府は結界をこっそり弄り、餌を解き放っては、やってきた未熟な歴史修正主義者を叩く……という無駄な応酬を繰り返しているのだ。私のように、わざと政府の結界のままの者も多からずいるというのに。
お偉い方々は若者の話に耳を傾けようとしない。彼らは維持が大好きだ。革新が嫌いだ。
自分たちだけ安全なところにいて、太平の世を、などと謳うなど、笑わせてくれる。虫が良すぎる話だ。
リスクあってのリターンくらい、誰だって知っている。

『……さあ、おいで』

鏡に手を当て、自分から結界を壊す。流石に本丸にいた刀剣たちは、このことに気付いただろう。
……どこかで、刃がぶつかり合う音が聞こえた。
服はいざという時に備え軍服を着用しているし、打刀の中で最強の打撃力を誇るへし切長谷部を帯刀している。
札の用意も整っている。そうでなくとも秘策はまだある。みすみす死んでやるつもりなどない。
――飛んできた弓は五行でいう金の属性を持つ札で防いだ。

『玄符、急々如律令!!』

立て続けに水の札で敵の核を破壊する。
第三部隊、第四部隊、そして他の待機している刀剣たちをもってしても、自室まであっさり敵は到達してしまった。恐らく数が多いだけだ。私の刀剣が弱いなんてことはない。

『撒かれた餌にほいほい釣られる敵にも、捨て駒さえまともに選べない政府にも、――失望だ』

死に際して漸く札の真価を発揮できるなど、皮肉もいいところ。
力をなるべく温存させつつ、短刀や脇差を持つ敵を薙ぎ払う。それ以上となると、打刀での応戦は無理だろう。
ミコトさんとの戦いで、男女の差、経験の差は自覚している。短期決戦でなければ、私に勝機はない。
運悪く打刀や太刀を持った敵に出くわしたら……と思った矢先に現れる。この場合、室内戦は危険。
即座に外に出ると、敵も追いかけてくるため、なるべく数を集める。
そして四方八方を囲まれた瞬間、青の札を地面に投げつけてやった。
青は樹を象徴し、足止めとして、生えてきた木の根が敵を捕縛する。
更に赤い札……炎で燃やせば、異形は断末魔を上げながら消えてゆく。
留まることの危険を感じ、風を用いての跳躍移動を考え、懐から次の緑の札を取り出した。

『緑符、急々如りっ――』

急いで退却しようとしたのは間違いではなかったと思う。
だが、敵がまだ朽ちていないかもしれないということは考えていなかった。
あれだけの炎に巻き込まれていながら、潰えない魂といい、ゆるぎない忠心といい……。

『ほんと……敵ながら、お見事……』

気力だけでギリギリ生きている。敵も、私も。後ろから、心臓を一突き。胸に見える刀は、赤い。

『貴様も朽ちろ。私だけ死ぬなんて、……許さないッ!!』

風で、炎の勢いを増す。術は味方を傷付けない。敵は刀ごと、今度こそ崩れ去った。
刀の支えを失った私も同じように、その場に倒れ込む。審神者の力なのか、なかなかに死ねない。
痛みは――無い。危険を感じた体の生存本能が、痛覚でも麻痺させているのだろうか。
今となっては解るはずもないことだ。もう少し学んでおけばよかった。

『あーあ……。なんだ……、私、未熟者で、間違いなかった……』

悔しいと、審神者になってから何度だって感じたことだけど。涙は久々に流れた。
悲しくても、つらくても、泣くのだけは、ぎりぎりで我慢してきた。泣けば、弱さが出るから。

『死ぬなら、せめて皆に挨拶したかった』

刀剣に嘘をついたまま、死んでしまうのは嫌だな。親にも、友人にも、恩師にも、長らく会えていない。

『……死にたく、ないな』

声を出す筋肉が、少しずつ血を失って、力を入れることができないのだろう。声が小さくなっている。
意識だってぼんやりとして、……他人事みたいに感じている。視界に見える、浅葱色の羽織は……。
聞こえる声は……。触れる手は、……誰のものだったかな……。
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