とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 06
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「千穂」

ただでさえ口数が少ないヤヒロさんから名を呼ばれた。気付かないはずがない。

「気付いているか?最近、あいつらがいない」

あいつら、とは――いじめっ子と虐められっ子。またいじめが再開されたのだろうか。
――嫌な予感がした。そんな、単純な話ではないような。
そう長くも生きていないが、蓄積された経験が、警鐘を鳴らす。

「みぃつけた」

血の気が引いた。





……いつの間に夜になっていたのだろう。校舎には誰もいない。隣にいてくれるヤヒロさんも。
――恐怖が一瞬で、私を支配した。早く逃げなければ、何かに捕まる。直感がそう告げていた。
充満する血の匂いが、頭痛を引き起こす。駆ける足元から聞こえる、ぱしゃぱしゃという水の音。
時折光る、鋼の欠片。刀が折れたのか、とも思った。ただ1振りの刀にしては欠片が多すぎる。
最大とされる太郎太刀でさえ、ここまでの欠片になるのかと言えるほど、あちこちに金属が散らばっていた。

「どこに行くの」

壁に隠れていて気付けなかった。私と違い、水干を身に纏って、確実に何らかの術を使っている様子だ。

「貴女も無視するの」

『あんたのしていることは犯罪よ。虐められっ子なんて理由にならない』

「私に話しかけたくせに、後は放置……!?思い通りになってくれない……!!」

『思い上がりも甚だしい!欲しいものが手に入らなくてごねるのは子供のすることだ!!』

「!嫌、行かないで!!子供だったら……手に入るなら、子供で良い!!」

似たような奴なら、何人も見てきた。でもここまで性質が悪い奴は初めてだった。
彼女は審神者の力に恵まれている。まともにやりあっての勝算はほぼ無い。
期待するなら、ヤヒロさんが何らかの行動をしてくれていることだろう。
外部干渉でなければ、この手の結界には対抗できない。私にできることは、彼女に捕まらないこと。

『……審神者に害為す者は、処分しても良い。それって、今日この時でも適用されるんですかね』

護身刀の秋田藤四郎を抜き、いざという時の備えをする。
いくら敵とみなした相手であっても、たぶん私には殺せない。痛いのも、ぐろいのも嫌いだ。
そういう覚悟や耐性はない。

「無駄なんだから、早く下ってよ」

『……今の、すっごく頭に来た。なんで無駄とか他人に決められなきゃいけないの。
私は誰にも屈しないし、嫌いな奴は、屈服させないと気が済まない』

今はただ、ひたすらに逃げる。心を守り、捕まらずにいれば良い。これは、あれの心が折れたら壊れる結界だ。
心に蓄積された闇を武器にした形――牢獄。使いようによっては、最強の補助になれる。宝の持ち腐れだ。
いっそ救いようのないくらいに落ちこぼれであれば良かったのだろうか。そうしたら、夢も見なかったはずだ。

「主さん!」

『堀川くん!!』

一瞬の白い光と共に、堀川くんの姿が現れた。伸ばされた手を、私は掴んだ。





気がついた時、そこは真っ赤に装飾された和室だった。
私はヤヒロさんに揺すられ、堀川くんは実の主に敵意をむき出しにする。

「多くの審神者にしてきた仕打ちも許されるものではなかったというのに、貴女は恩人である彼女にまで手を出すのか!?」

多くの審神者、してきた仕打ちとは……。問える様子ではないが、少なくともいじめ以上のことなのだろう。
禍々しさを持つ彼女が恐ろしくて仕方が無い。

「だったら何。近侍の分際で、生意気」

『刀にも、いや、物にも心はある。審神者なら解るでしょ!?』

「道具は黙って従えばいいのよ。従わないならそうなるだけ」

散らばった金属は、やはり破壊された刀だったらしい。ここには鞘や柄も転がっていた。
全て同じもので……、堀川くんの顔が悲痛に歪んでいる。
知識の引き出しが開かれ、その刀が何であるか、理解した。――和泉守兼定だ。

『……式神よ、応じよ。事を全て伝え、人を呼べ』

「……意味わかんない。何でそこまで怒ってるわけ」

『和泉守兼定は、堀川国広の相棒だ。……あんたは、それを何度も踏みにじった!!許せるか!?』

苦しめてやらねば気が済まない。必死でヤヒロさんと堀川くんが私を留める。

「主さん、有難う。貴女のおかげで、僕も、決心できた……」

そう言うと、堀川くんは彼女の方へ向かい……頬を叩いた。

「貴女が主だなんて、僕は思ったことない。僕が仕えたいのは、……千穂さんだ」





『そう言えば、堀川くんって、どうして私を主に選んだの?他にも優秀な人はいたでしょう』

「急ですね」

『昔のこと、思い出しててね』

「ああ……。優秀な人はいましたよ。主さんは来たばかりだったから当然ですよね」

『む』

「すみません。……実は、それよりも前に、一度お会いしてるんですよ」

『え!?』

「覚えてないならいいですよー」

『な、何それ!?』

「秘密です。ほら、もうすぐですよ」

僕があの人に刀の姿で捨てられていた時、貴女が拾ってくれたんです。
慣れない手つきで汚れを落とし、刃を整えてくれた。
すぐに落とし物として申請されたから、本当にそれだけだったけど……。
とても大事な思い出なんですよ、千穂さん。
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