とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 05
2ページ/3ページ

私も仕事ばかりはきつい。たまには息抜きがしたい。何か理由をつけて、街に行きたかった。
理由が無ければ、私は街へはいけないから。そういう決まりになっている。
うじうじ悩んで、仕事に手がついていないことに気付いたへし切長谷部(長谷部さん)が、私の仕事(買い出し)に一緒に行かれませんか?と声を掛けてくれたときは、彼が神様に思えたくらいだ。(神様なのだが。)

「もっと早くに言ってくだされば、手伝いでも休息にでも馳せ参じたというのに……」

『すみません。でも、駄目なんですよ』

相変わらず目深に被った帽子は、暗に政府の意向に背く気はないことを示す。

「政府の言いつけ、ですか?」

『随分と、はっきり言われるんですね』

「貴女の行動まで縛るのは、一体如何なる道理があって……」

『駄目ですよ、長谷部さん。ここでそんなこと、大声では……ね?』

口元にはしっかりと笑顔を作りあげる。

『私、外に出てこられただけで嬉しいです。ほんの少しだけでも、羽を伸ばせます』

そよ風が肌を撫でる。久しく感じられなかった、自然の風である。

『買い出しが終われば、また仕事に戻ります。だから、今は聞かないでください』

「……それが、主命とあらば」

『長谷部さんは、聞き分けが良くて助かります』

かなり、酷いことを言っているし、しているとは思う。だがここは外。
誰が聞いているともしれぬ場所で、国家機密である審神者のことをおいそれと語るわけには行けない。
外は自由の場であっても、私の枷が外される場所ではない。――ふ、と。視界が歪んだ。

「主?」

『……何でもありません』

「……貴女は自分で言われましたよ。
私はすぐ本当のことを言ってしまう人間だから、嘘は考えて言ったものじゃなければすぐにばれる、と。
本当に、解りやすいですね」

『…………』

「俺たちは、貴女に仕えています。政府ではなく、貴女に。
……その意味を、早く、正しく理解される日を、願うばかりです」

その類の言葉は、確かに今まで呼び覚ましてきた刀剣皆が言ってきた。
私はそのまま、意味を取っているつもりなのに、どこか、間違っているらしい。
間違いがあることは解るのに、間違いには気付けない。
以前、テストで自分の回答に違和感を覚えたものの、結局時間内に気付けず、返却時に指摘されて漸く解ったことがあった。たぶん、今の状況も、これと似たようなものなのだろう。
助けを請うことはできないし、そうしてはいけない。
それくらい解っているのだが、如何せんそういうのは苦手だ。
優等生のプライドなのか、間違いから目を逸らしているんじゃないかと、自分のことながら思う。
たちの悪い病気だ。そんなプライド、捨ててやりたい。





その日はどうしても寝付けなかった。あの言葉を気にしているのではない。――夢を見てしまうのだ。
昔からよく見る、怖いと感じてしまう夢がある。どういう夢かは覚えているのに、説明ができない。
原初の不安とも呼べる、言いようのない――得体の知れない――何かの夢。
何度この夢を見て、泣きながら目を覚ましたことだろう。気付けば母の胸に抱かれ、あやされていた幼少期。
自分がいつの間にこんな状態になったのか、理解できなかった幼き日の私。……思い出したくない過去である。

「主」

『っ!』

どうしても過剰に反応してしまう。この夢を見ると、人が怖くて仕方が無い。自分にさえも怯えてしまう。
……言ってしまえば、暴言を吐く以上に、素の自分が出るのだ。

「……先程から、空気の流れが宜しくありません。何か、ありましたか?」

長谷部さんが今日の寝ずの番らしい。だったらただ一言……主命だから放っておけ、と言えば良い。
その言葉を言おうとしているのに、喉に力が入らない。
心が、早く叫べと囁いているのだが、必死になって出した声は別の音を紡いだ。

『一人は、やだ……』

「お傍におります。……無礼を承知の上で、失礼いたします」

ふすまが開き、長谷部さんが部屋に入ってきた。来るな来るなと怯える私と、一人を嫌がる私が交差する。

「しっかりされてください。自身を見失われてはいけません、千穂様」

在りし日の母の姿を思い出す。母は、私をただ無言で撫で続けた。今眼前にいるのは母ではない。
他人に頼ることを許さない私が、従者の彼に弱みを見せるなど、恥じるべきだ。
――やっと自分が戻ってきた。

『……お見苦しい所をお見せました』

「いえ……」

『もう、行ってください……。このことは他言無用、忘れてください』

「申し訳ありません、それは聞けません」

顔……正確には頬を長谷部さんの手袋で覆われた手が、撫でる。

「汗に紛れてある、この下へと伝う線は誤魔化せませんよ。……貴女の心の声も、やっと吐き出されたようですし」

『あれは、気の迷いで――』

「迷うほどに、弱っていらっしゃる。……お休みください。俺はここにいます」

なだめられてしまう。審神者になって初めて、私はプライドを破壊された。このことは忘れないだろう。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ