とうらぶ -蓬日和-
□蓬日和 03
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本日の寝ずの番は燭台切光忠(光忠さん)だった。私はそのことをすっかり忘れていた。
「はーい、お早う!」
現在の時刻は早朝5:00。普段の起床は早くても7:30。朝が弱い私からしてみれば、この上ない拷問である。
「今日は君の好物を作る日だよ。
大人が好きな物を言うだけ言って終わるということが許されるわけないだろう?」
『……短刀だって、子供の姿をしてるけど私より年上っ!』
「精神と背丈の問題だよ。さあ、支度を済ませて!君も手伝うんだ!」
光忠さんが寝ずの番をする日=好物を作ってもらえる日=食事義務当番の日なのである。
自分にできないことを他人に強制すべからず、依頼であっても助力せよ。
本丸はそういう私の方針が反映されている。
しかし睡魔には勝てず、再び顔面から布団に飛び込んだり、そうでなくても手が止まったりしそうになる。
「主、あと10分だけ待ってあげる。
それまでに準備が済まないなら部屋に押し入るし、君の苦手な物を毎食に追加する」
一体いつ調べたのかは知らないが、どちらもごめんである。寝ぼけ眼を無理矢理開眼し、大急ぎで部屋を出た。
垂衣を着用したままの料理はどう考えても危険である。しかし顔を明かすことは信条に反する。
基本的に、私は光忠さんから顔が確認できない、眼帯をしている右側に立っていた。朝は和食に拘る。
それくらいであれば把握されているのは解るが、みそ汁の具財やご飯の炊け具合など、細かいところまで理解している様子。
『なんで、私の好みを知ってるの……』
「政府を介して君の親御さんに、“彼女の食の好みを教えてください”って伝えたら、回答が来たんだ」
用意周到だった。一歩間違えるとストーカーになれるんじゃないだろうか。
そんな会話の中でも、彼は私の方を見ない。分は弁えてくれているらしい。
「そういえば、君は顔を見られるわけにはいかないから、僕の右側にいるんだったよね?」
『そうですけど……』
「じゃあそれ、無意味だよ。僕、君の顔、知ってるから」
思わずダンッと包丁をまな板に打ちつけてしまった。怪我はしていない。
光忠さんは心配しつつ、包丁を乱雑に扱うんじゃない、とお母さん染みた説教をしてきた。
「寝ぼけていて、頭が働かないから気付かなかったのかもしれないけど、寝起きは垂衣をつけていないだろう?
あと、君の写真を送ってほしいって、さっきの質問出した時に依頼しておいたんだ」
『前者は解りました!けど後者!政府がよくそれを受け入れましたね!?』
「いや、言ってないよ。
こんのすけに、主の味好みを知りたいから親御さんの協力が欲しいんだ、って言いながら文を政府に届けてもらうようにお願いしたら、何の疑いも抱かずに持って行ってね」
『文に写真送れって書いたんですね!?』
「そうだよ。君が顔を隠して肩身が狭そうだっていうのは、かなり前から僕たちの間で話題になっていてね」
今度は包丁を手放した。
まな板の上に落ちて止まったので、怪我はしていないもの、やはり光忠さんの説教がついて来た。
「安心して。写真は僕しか持ってないし、誰にも見せていない。
君の断りも無しにこんなことをするのは、流石に良くないと解っているからね。君の意志を確認したかった。
丁度食事当番が回ってくる今日を待ってたんだ。……で、どうなんだい?」
何と答えるべきか、思案する。
仮にこんのすけがこの応酬を聞いていたとしたら……とも考えたが、ある結論に達した。
『私が政府の目を気にして、取り繕うような発言をしたところで、物はそちらにある以上、どうにもならないでしょう。垂衣なしの行動ができるなら、それが良いに決まってます。窮屈です』
「了解だ。今度の定例報告会の時の刃選(じんせん)は、僕たちに任せてほしい」
明らかに頭に疑問符を浮かべている私に、光忠さんは言葉を付け加えた。
「仮に君がその件で呼び出されたら、言いくるめられるような奴が必要だってことさ」
『あー……。本格的に政府に歯向うのか……』
「飼い犬なんて、ちょっとくらい手を噛んだ方が可愛いものさ」
『神様がそれを言います?』
「そういうものなんだって」
その後ちゃんと仕込みをし、私好みの朝食が完成。
大広間で垂衣を脱いでご飯を食べる私に、殆どが驚きの目でこちらを見ていたのは不快だったものの、こんのすけを化かすことができたのはいい気分だった。
「千穂殿!どういうことですか!?」
「無駄だよ、こんのすけ。僕が彼女を脅して、顔を出した生活をするように強要したんだ。
僕だって神様だからね。いい加減、顔を見せないなんて、無礼じゃないかな?」
『……ということなので、政府に報告してください。名前と顔は守れませんでした、と』
「因みに報告しに行こうとしてもいいけど、切り捨ててあげてもいいんだよ」
こんのすけは何度か傷ついたものの、政府に報告したらしい。定例報告会の時に一波乱が起きそうだ。