とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 02
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遠征組が帰還したらしく、若干ドタバタしている。短刀たちの声が賑やかになり、足音が近づいてくる。

「主、帰ったよ」 「ただいまー、じっちゃ――」

『レ、オ、く、ん?』

「すみませんでした……」

獅子王(レオ)からもふもふを取り上げ、今日はそのままでいるようにと命じる。
目に見えて解りやすく凹んでいた。

「君、最近性格が悪くなってないかい?」

『喜んでくれていいんですよ?親しみやすくないですか?』

「雅じゃない……」

『それにしてもこのもふもふ、いい加減洗濯に出すべきでしょうね』

なぜか付けられている狐の面を外すため、そっと触れる。――ほんの一瞬、視界が真っ暗になった。

「主?」

『っ!……何でも、ありません』

「何でもないなら、どうして顔面蒼白で、急に汗なんかかき出したのかな」

呆れたような溜息が耳をついたが、どうしても狐の面から目を離せない。
目を奪われるとは、こういうことなのか。

「……その面、君には毒のようだね」

『毒というわけじゃ……』

「何にせよ、遠征の報告ができないから、一度隅に置いて」

意識が持って行かれている状態で、その発言に応じることはできなかった。
見かねた歌仙兼定(歌仙さん)が、ひょいと取り上げる。

「何の変哲も無い、普通の面だね。だけど、君は審神者。物の意志に反応しても、おかしくはない」

私に面が見えないよう、そして歌仙さんが監視できるよう、私の後ろ隅にそれは置かれた。
ぼんやりとしていた意識が、ゆっくりと帰ってきていた。背中をさする手は優しい。

「お腹を使って呼吸をするんだ。気を溜めこまないと、すぐに魅了される」

言われた通り、呼吸を整える。鼻から吸い上げ、腹に溜め、口から吐き出す。
そんな簡単なことさえ、私はすることを忘れていた。

「よし、大丈夫。余計な事を考えないよう、早速、遠征の報告をさせてもらうよ」

『……お願いします』

そしてそこから長く真面目な遠征話を聞かされた。
一先ずメモを取り、後ほど報告書を作成できるようにしておく。
次回の定例報告会では、畿内代表山城国主として、参加が義務付けられている。

「――とまあ、こんな感じかな。皆、連日の遠征で疲れている様子だけど、怪我もない。
君のおかげで、観光がてらくらいの考えで行けるくらい、治安も安定している様子だ」

『油断はできませんけど、無駄ではなかったということですね』

「そういえば、現地の方々が君にって。害はなさそうだから、持ち帰って来たよ」

風呂敷で小さく包まれた何かを受け取る。開けると中には、古風な手紙(文)と木箱。
崩し字を読めるほど私の目は肥えていないので、文は歌仙さんに託した。木箱を開けると、中にはお守り。

「……“君のおかげで、怪異に怯えて暮らすことがなくなった。感謝の思いを込めて”だそうだ」

『別に、他の審神者だって、同じようなことをしているでしょう?』

「それは確かにそうなんだが……。君は、確かにひとつ、他の審神者とは違うことをしたと、僕は思うよ」

覚えているかな?と語り出したのは、私が審神者に就任して間もない頃。
右も左も解らない状態で、気まぐれを起こして遠征に同行した時の話だった。

「君は、見るもの全てに感動していた。審神者は普通気が立っていて、いざというときのことが脳内を占める。
それを解っていた現地の人にとって、君の行動程、新鮮で喜ばしいものはなかったんだろう」

『えっと……』

「僕たちの目を盗んで、子供たちと遊んだり、食事をいただいていたり……。
一歩間違えれば、歴史修正主義者と同格だって言うのに、君はそっちのけで風景を眺める」

『う……』

「でも、それが良かったんだ。少なくとも、あらゆるものの心を掴んだ。勿論、僕たちもそうだけどね」

お仕事頑張って、とそのまま立ち去ろうとする歌仙さん。しかし何かを思い出したようで、すぐに足を止めた。

「もしも僕が君に贈り物をするなら、風鈴草を選ぶよ」

『……いきなりですね』

「言っておかないとね」

今度こそ彼は立ち去った。

『(風鈴草、か……)』

別名は釣鐘草またはカンパニュラ。贈り物が花とは、風流なのか気障なのか。
どちらにしても嬉しいと思った。だって、その花言葉は“感謝”なのだから。
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