とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 01
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ある部屋の障子の前で、緊張で消えそうな声を、頑張って張り上げた。

『い、和泉さん!入っても宜しいですか!』

「おー、いいぜ」

学校で習ったように、大人しめに障子を開ける。中には先客がいた。

「えーっと、僕がいるとお邪魔ですか?」

『ううん、そんなことないよ。今日は、その……私の訓練と言うか……』

「訓練……、ああ。男性嫌いの克服か」

『誤解です!苦手なだけです』

どこぞのゲームで聞き覚えのある台詞だなあ、というメタな発想は放置し、こほんとひとつ、咳払い。

『でも、言っていることは間違いではありません。最低限の付き合いでは、主従関係から先には進めない。
だから、まずは近侍の貴方から、知っていこうと思ったんです』

「また急だな」

「もしかして、兄弟が珍しく負傷して帰ってきたからですか?」

『うん。充分なきっかけになった。解っておかないと、取り返しのつかないことになるからね』

「ふうん……。それで?オレの何を知りたいんだ?」

にやにやと含みのある様子で私を見る和泉さんに、堀川国広(堀川くん)は苦笑していた。

「主さん。僕は主さんとお近づきになれるなら、協力しますよ。
素直じゃない兼さんなんておいて、僕とお話ししましょう」

「誰が素直じゃないだ、誰が」

「兼さんですよ。主さんが自分に落ちなかったから凹んでいるんでしょう?」

本気じゃないが、そこでキレた和泉さんを必死でなだめる。しかし、本当によく土方さんに似ている。
顔がイケメンと言うところや、女性慣れしているところ。人を軽くあしらうところ。
当然土方さんに会ったことなど無いが、学んできた歴史上の土方歳三という男のようだと思う。

「なんだ?オレに見とれたか?」

『……私が学んだ、土方歳三さんそのものだなあ、と』

「……あいつは、オレを置いて先立ちやがった。あんな薄情者と一緒にするな」

空気が重くなる。
私のせいだということは重々理解しているが、これを……過去を乗り越えなければ、きっと先には進めない。

『私は、土方さんに憧れています。顔立ちに惹かれた、というのも、あながち間違いではありません。
ですが、土方さんは信念のもとに生きた、確かな武士だったと思います。
まあ、たかが小娘に言われてもどうかとは思いますが――』

「あ、あの!」

堀川くんがつらそうな顔で、私と和泉さんを見る。流石にまずかったか、と思い、席を立とうとした。

「待って主さん!話、続けてください。遠慮なんていいですから!」

必死でこちらにまなざしを向ける堀川くんに押され、もう一度姿勢を整える。

『私は、決して誰よりも頭がいいだとか、そんな馬鹿げた発想はしていません。でも、歴史は好きです。
得意だと、周囲には言っています。……なんで、歴史が好きになったかというと、新選組を知ったからなんです』

「主さんは、それまで歴史嫌いだったんですか?」

『嫌いではないけど、勉強の一環、というくらいの認識しかしていなかった。
義務だから、勉強だからと、機械的に知識を詰め込んでいた。でも、新選組は、それを変えた。
正式な武士ではない、だけど武士よりも誇り高い志を持つ集団。
武士の価値が衰退していた世で、武士であり続けた彼らに、私は感動した。
土方さんは、わざと憎まれ役になって、その集団を守った立役者。
逆境に立たされても、命をかけてきた仲間たちのために刀を振るった彼は、……確かに武士だった』

しん、と静まりかえった。言いたいことはまだあるが、興奮して歯止めが利かなくなりそうだと思いやめた。
好きな分野になると、周りのことを考えずに熱く語り出すのは、私の悪い癖だと、友人に何度言われたことか。

「……土方は、ちゃんと誰かの心の中で生き続けてくれてたんだな」

ふと、和泉さんが言葉を投げた。行く先はどこでもない。独り言のつもりだろう。

「有難う、主さん。貴女みたいな人に想われて、きっと前の主も嬉しいはずです」

『……私は、最後まで誰かを思いやれた人が好き。私が好きな偉人も、大体そういう人ばかりです』

「オレとアンタじゃ、つりあいそうにねえな」

「そうですね。近侍の座、僕に譲ってくださいよ」

「ふざけんな国広!女の隣を譲る男がどこにいるっていうんだよ!!」

『あちゃあ……』

納得はしたが、満足のいく交流ができず、少しだけショックを受ける。

「……主」

確実に私を捉える声。あちらからは解らないだろうが、その目を見返す。

「今ので、アンタはオレの主なんだと、再認識した。必ず、オレは近侍としての務めを果たす」

『……はい。後悔、させないでくださいね』

「なんなら、男女関係でも後悔させねえけど?」

『なっ!』

「兼さん!」

姑のように怒り出した堀川くんを軽く流す和泉さん。やっぱりこの日常風景が良い。
神妙さは、時折のスパイスである。いつまでも続くわけではないこの夢を守りたい。
そう思うことは罪なのでしょうか?でも、願わくばもう少し、穏やかな日々を。
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