とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 16
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時は来た。あれから刀を使う訓練はやめ、徹底的に札を使いこなせるよう、精神修行を行った。
素養はあったわけなので、能力は容易く伸びていった。
足止め程度の術式しか使えなかったものが、今では攻撃さえ詠唱無しでも行使できる。
体力や精神力の消耗は、かなり抑えられるようになった。

『ひいふうみい……。これで充分、かな?』

札の効果を強化する方法は、詠唱を長くするか、札に仕込みをしておくかのどちらかだ。
前者は賢くない。成功以前に中断されやすい。しかし決まった型があるため、初心者向きだ。
後者は面倒臭い。失敗時のリスクが大きく、型も無い。だが仕込みさえしておけば、ほぼ成功する。
私は後者を取っているから、札の作成に時間がかかる。
幾何学模様に見える札だが、解る者にはこれが詠唱文であることは一目瞭然だ。
――明日、政府に真相を問い質しに行く。それが反逆行為と言われようと、引くつもりはない。
そのための準備は、徹底してきた。

「千穂。根は詰め過ぎるなよ」

今日の寝ずの番はカクさんだったらしい。集中していて、全く気がつかなかった。
程良い疲労感が襲い、睡魔を伴ってやってきている。だがまだ寝るには惜しいと思っていた。

『カクさん。少し、お話しをしませんか?』

「余裕があるなら寝た方が良い」

『少しで良いんです。もうすでに眠いので、子守唄代わりだと思ってください』

するとふすまの向こうで動く気配がし、やれやれとカクさんが入ってきた。
いつものおふざけ状態ではない。彼とてそんな気は回らないと言ったところだろう。

「それで、何か話すようなことがあるのかい?」

『特には。でも、気になることが一つだけ』

怪訝そうな表情で首を傾げる。周囲に怪しい気配が無いことを確認し、私は本題を口にした。

『こんのすけを、ここ数日で見ましたか?』

「……見ていないな」

私が降霊を行う前、この目でその姿を確認したきり、私には気配さえも感知できない状況だ。
姿だけであれば、部屋に篭っていたのだから、見なくてもおかしくはない。
だが気配を感じないとなると異様である。
割と本丸を活発に見て回っているカクさんでも、姿を見ていないときた。
つまり、政府にここの情報は流れていることになる。これで何度目だろうか。
学習していないと言われればそうかもしれない。だが泳がせていると言えば、また見方は変わるものだ。

『私が、ここまで武術に拘った理由……今ならご理解いただけますか?』

「その予想が当たらないことを祈るがな」

もし、最悪の予想が当たってしまえば、今この瞬間に襲撃があったとしても、何らおかしくはない。

『いざという時のために、以前より精度を上げた、私に化ける式神を数体用意しています。
ですが、撹乱用ではなく、維持用です。この本丸の』

「君は、自分から死ににいくつもりか!?」

『いいえ、あえてです。私は強い方の審神者だと自負しています。
そういう者を、政府がみすみす死なせると思いますか?』

答えは否である。一人を捨てて得られる利益が、それ以上であれば、そちらに飛びつく。
国は常に、より生産性のある効率的な手段や結果を優先する。それは決して間違いではない。
ただ、それが正解であるかと言えばそうとは限らず、時として冷たい決断にもなりえるだけで。

『もしもできるのなら、わざと捕まって、懐から情報を得るのも悪くはないかと』

「危険性の方が高すぎる。俺は反対だ」

『カクさんは、いつもキツイことを言って、私を案じてくれていますよね』

びくりと。腕が揺れた。親しい年長者から叱られる時というのは、大体が身を案じている時だ。
それだけ、彼に余裕が無いことも示されている。

「別に、俺は……」

『さて、そろそろ寝ます。後は頼みますね』

「俺は!君の……息苦しさが、悲しかった……」

『……殆ど日常になりかけていた仮面のことですか』

「君の気性だったとしても、肩の力を抜いて、笑ってほしかった……」

『……そのためにも今、最も苦しまなければいけないんです』

「……終わったら悪戯に付き合ってもらうからな」

『それはそれで、楽しそうです……』

睡魔は静かに意識を刈り取った。
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