とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 15
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次に私の意識が浮上した時、異常な気怠さが体にまとわりついていた。頭も体も重く、妙に熱く、汗ばんでいる。

「ん?大将、気がついたか。どうだ、調子は」

『…………(声が、出ない)』

「……重傷だな。もう暫くは安静、と」

薬研くんは、子守唄代わりにあの後どうなったのか話してくれた。この体調不良は、降霊の影響らしい。
予想していたことではあったものの、まさかここまで再起不能に近い状態だとは思わなかった。

「大将が事前に対策していたからな。ちゃんと言いつけ通りに本丸は回ってるよ」

だから安心して休め、と布団を掛け直し、薬研くんは書き物を始めた。
私の体調に関してか、本丸の運営に関してか。どちらにしても、迷惑をかけていることに代わりはない。
今は大人しく、養生することだけを考えようと思い、瞼をゆっくりと下げた。





鼻に、美味しそうな匂いがかかり、目を開ける。それと同時くらいに、薬研くんがふすまを開けて入ってきた。
手には土鍋と茶碗などが抱えられている。

「ああ、その分なら大丈夫そうだな。食欲があるんなら治りも早い」

嗅覚が健在であることを理解され、ただでさえ赤くなっているであろう私の顔が更に火照る。

「暫くは精進料理だ。なるべく味に飽きが出ないようにはするが、ある程度は我慢してくれ」

よそわれる料理は雑炊。最初からお粥でないのは、作ってくれた誰か(たぶん光忠さん)の心遣いだろうか。

『(いただきます)』

口パクで唱え、レンゲをゆっくりと運ぶ。が、熱さのあまり涙が出てしまう。
舌先はジンジンと痛み、放り出せないレンゲが重い。

「悪い!配慮が足りなかった。大将、口を開けろ」

言われるがまま、薄く口を開く。
薬研くんはその隙間を自らの指でこじ開け、常備のポーチから取り出したライトで口内を確認した。
せいぜい軽度の火傷。面倒な負傷ではあるが、自然治癒に任せるしかない。
しかし薬研くんはなぜか苦い顔をしていた。

「……大将。早く治すが尊厳を傷つけるのと、普通に治すの、どっちが良い?」

言われて何となく察した。手っ取り早く治す方法と言うのは、キスのことだ。
接触で神の穢れを引き受けるとはいえ、元は神の内部にあったもの。純度の高い神通力である。
それが奇跡の力を持たないわけがない。怪我の治療など、容易いだろう。
あくまでも推測ではあるが、薬研くんは単純に、私の容体と火傷を思って、提案してくれたわけだ。
そして判断を私に委ねた。優しい短刀である。私はそれに対し、首を振った。

「そうか。じゃあせめて、冷まして食べさせることくらいはさせてくれ」

あーん、の体勢にはなってしまうが、それまで否定してしまっては可哀相だと思い、甘んじて受け入れた。
できる限り舌先への接触を防ごうと気遣ってくれる薬研くんに、頭が上がらない。
全てを食べきった後、すぐ横になろうとすると怒られた。
政府からの差し入れというスポーツドリンクで水分補給をし、薬研くんから許可が出た後、再び眠りに就いた。





「(……大将が弱ると、調子が狂う)」

薬研藤四郎は一人悶々としていた。熱っぽさで上気した肌に、女性特有の妖艶さを感じないわけではない。
薬研藤四郎とて、今では一人の男。女性には少しくらい過敏でもおかしくない。
それを理性で押し留めきれたあたり、あらゆる審神者から信頼を勝ち得る理由とも言えるだろう。
だが薬研藤四郎が狂いかけたのは、先述のことよりも、千穂の体調不良による面が大きい。
刀であろうが霊であろうが、主を持つ者であれば、主の心身に影響を受けやすい。
主が体調を崩せば従僕も弱る。主の弱った姿に、従僕は良からぬ考えを起こす。
これが特殊な主従関係における、最悪のサイクルだ。一歩間違えれば自滅行為である。

「(頭を冷やしたいが、俺っちがいないとな……)」

薬研藤四郎は戦場育ちの守り刀。主人の傍にいれば、少しであっても治療に効果がある。
言い方は悪いが、薬研藤四郎一人が苦しみ続けることで、多数が救われるのだ。
千穂からしてみれば胸糞の悪い事実だが、生憎今の彼女にそれを判断するほどの思考能力はない。

「頼むから、早く復活してくれよ」

手元の書類を見るのをやめ、千穂の方に近づくと、寝ているその頭を優しく撫でた。
穏やかな寝息と、上下する喉に胸。薄く開いた唇から、時折漏れる苦しげな呼気。少しだけ覗く、濡れた舌。
ごくり、と唾を飲み込む音を、千穂がその耳に聞き入れることはついぞなかった。
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