とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 08
1ページ/3ページ

第一部隊は今日も難所で資材収集に勤しむ。
いつものことであるはずなのだが、全員に焦燥感のようなものが漂っていた。

「今日の主は、どこかおかしくありませんでしたか」

一期一振が漸くそのことについて触れた。

「資材が無くなるだけで、あんなふうになるものかな……」

蛍丸の言う通り。あれは普通常人が持つ殺気ではなかった。
あいつはあれで取り繕えているつもりかもしれないが、自分が嘘は下手だといったことを忘れたのだろうか。
仮に他の奴にその誤魔化しが通用したとしても、オレの目を欺けるわけがない。
あいつの近侍を引き受けている以上、それくらいは見抜ける。

「主は優しい方ですからね。
何を考えているまでは解りませんが、少なくとも危険に巻き込まれることを予期した上で、私たちを遠くへ追いやった……というのは考えられる話でしょう」

「ふむ……今日は主の指示が来ないのだな。もしや……既に?」

「縁起の悪いことを言うな。あれがそう簡単にやられるわけがない」

「アンタがそんなことを言うなんてな」

三日月の爺さんの推測を破ったのは、まさかの大倶利伽羅だった。
なるほど、主の献身は無駄ではなかったというわけだ。だからこそ、皆がその異変に気付いた。

「主は無事だと思いますが、心配が拭えたわけじゃありません。
場合によっては、早期撤退を考えても良いのではないでしょうか」

一期一振の意見は尤もである。千穂は適宜指示こそ出すが、最終決定権はちゃんとオレたちに委ねている。
軽傷で撤退しようが、中傷で特攻しようが、あいつは全てを受け入れる。
小言を言うのは本丸に帰還した後、各人を労ってからだ。

「……ここにいる全員、撤退に異論はないな?」

不平不満の声は上がらない。即座に撤退を開始しようとした、まさにその時。
1枚の紙が……正確には式神が舞い降りた。

「皆さん大変です!本丸が、異形に――!!」

続かれる言葉があったはずなのに、式神は動きを止め、紙切れに戻った。
人型のその紙には、中心部に刃物で貫かれたかのような穴と、そこから広がる――赤――。

「――舐めた真似してくれたな!」

無言の撤退命令だった。





第二部隊が行う遠征は、長くても1時間で帰還するのが普通だ。それが今回は更に30分延びた。
第一部隊に資材が枯渇しているから、と簡単に攻略できる時代へ出陣させていたのと同様に、僕たちも別の時代に飛ばされた。

「あんな見え透いた嘘、兼さんなら見抜いているはずです」

堀川が不満げに言う。彼は少し前に鍛刀を手伝ったため、資材の量をその目で確認していた。
使えば当然減るが、彼女は一定量に達すると資材の使用を止める。
そして審神者の任務をこなすことで、政府より報酬を受け取り、量を保っている。
結論、その習慣を乱すのを許さない彼女が、急に資材枯渇という話になるのがおかしな話なのだ。

「主君は、僕たちをどうしたかったのでしょうか……」

「あの人は全員に何らかの役目を与えていますからね。自己判断をしろということでしょう」

「何にせよ、遠征は退屈だ。俺は戦いてえってのに」

「……お嬢、最近空を見て、不快そうな顔をしてたんだけど」

「空?」

本丸内の彼女の部屋は、最も景色が綺麗に見える所にある。と言っても、風景は変わらない仕様だ。
朝昼夕夜の時間変化はあっても、四季が巡ることはない。風流じゃないと感想を口にした時、彼女さえ同意した。
そして言ったのだ。

『ここの時間も、出陣時に使用する門と同様、結界によって歪んでいます。四季は奪われているんですよ』

「奪われて?ここの結界は、君が維持しているんじゃないのかい?」

『維持しているのは私ですが、結界は元々政府が作った物なんです。そのまま引き継いでいます』

つまり、政府の結界の構造を敵が熟知していた場合、全ての審神者に危険が及ぶ可能性が高いということ。
定例報告会での一件があった以上、それは解りきった話だった。不快な空を見上げるとは――。

「結界に異常があった……とすれば……」

嫌な予感が体を駆け抜けた瞬間、ぽとりと。ほんの一滴、赤い雫が降ってきた。
そして落ちてくる、真っ赤な紙屑と――むせ返る、鉄の――。

「――千穂!!」

足は必然的に帰路を目指していた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ