とうらぶ -蓬日和-
□蓬日和 01
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『……ヤヒロさん、私にいう事は?』
「…………」
「口下手じゃ済まされねえぞ、山姥切の旦那」
『ごめんね、薬研くん。手伝わせて』
「気にすんなよ、大将。遠征組も疲れていたところだし」
久々にヤヒロさんが中傷で帰ってきた。最近は無傷の勝利ばかりだったから、目を疑った。
「……よし、刀剣の手入れは終わった。そっちの手当は、大将に任せていいんだよな?」
『うん、ありがとうね。暫くは出陣しないから、藤四郎くんたちに言っておいてくれる?』
「他の奴らは?っと、そうだった。大将、頑張ってるもんな」
私が懐から出した紙を見て、薬研藤四郎(薬研くん)は笑った。これは式神だ。
常に鍛錬しているため、伝令くらいは容易くこなせる。
藤四郎の兄弟は、基本的に一緒にいるから、薬研くんに頼んだ方が効率が良い。そう判断したまでだ。
『なんで、今頃になってこんな怪我をするんですか……』
あちこちにある傷に、慎重に薬を塗った後、包帯を巻く。神様だから、傷跡は残らない。
それでも確かに摩耗していることは感じ取れた。
「あんたは、息苦しくないのか」
急に投げ掛けられた言葉の意味が、すぐには解らなかった。
「顔も名も隠し、男所帯でただ一人。自由に外へ出ることもままならず、親にも友人にも会えない。
……つらく、ないのか?」
なんて酷い刀剣だろう。私がつらいと解っていて言っているのだ。包帯を巻く手が、次第に遅くなり、止まった。
垂衣により、表情は読み取られないだろうが、纏う気配で悟られるのは目に見えている。
『八つ当たり、しそうだから……』
「?」
『言ったら、感情を抑えきる自信、無い。今だって、指摘されただけで、いっぱいいっぱい。
あ、ダメだ。結構きつい』
気付いたら呼吸が速くなっていた。このくらいで興奮しているようでは審神者失格だ。
一度ヤヒロさんから離れようとした。
「!待て!」
引こうとした右手を掴まれ、真正面からヤヒロさんと向かい合う。
「わ、悪かった。俺は、……あんたに救われたから。あんたにしてやれることなんて、限られてる。
……怪我は、焦りによるもので……。あんたの手を煩わせるなんて、本末転倒だ……。傷まで抉って……」
沈黙が訪れる。だが嫌な沈黙ではなかった。思いやっての空回り。笑えないが、微笑ましい。
素直に嬉しいと、そう思えた。だが冷静な思考を取り戻すと、そうもいられなくなった。
『離れてください!私、男性苦手なんですから!!』
「す、すまない!」
ばっとお互いに後ろを向く。
顔色は元々伺えないが、それでも顔を見ないことで安心感と、それに伴う余裕ができる。
「……ひとつ、聞いてもいいか?」
『?はい、私が答えられることでしたら……』
「たぶん、答えにくいと思う。……何故、俺を近侍から外したんだ?」
『皆と平等に接したいから、と言えば、模範解答なんでしょうね』
「違うんだろ?」
『はい。戦いを繰り返してきて、私はある決意をしました。
決意について詳しく語りはしませんが、それに付き合わされる近侍は……辛い思いをします。
ヤヒロさんは、私の初めてだったから、巻き込みたくなかったんです』
「……そうか。お役御免ではないんだな」
『ヤヒロさんを切り捨てたりしません!そんなこと、できません!!』
語気が強くなり、またやってしまった、と頭を抱える。ぽん、と頭に重みが加わった。
「知ってるよ。これでも初期刀だ。あんたのこと、誰よりも解っている。……有難う、千穂」
『あ、あう……』
「俺は別室に行くから、あんたは落ち着いてから式神を使うといい。あんたの写しなんだから」
自嘲気味なヤヒロさんをこっそりと横目で見送り、手当の道具を整理する。
ヤヒロさんは当初と比べると随分性格が丸くなった。
卑屈さがなくなったわけではないが、それでも打ち解けやすくなった……と思う。
『(打ち解けられてないのは、たぶん私なんだよなあ……)』
男性と接するなど、教師や身内くらいのものだった。
元の学校は女子高で、クラスメイトから男性がいなくなって久しい。
未だに付喪神たちとの間には距離がある。友人たちとの間にもあった、優等生の仮面。
主従関係は良好だが、それと個人の関わりを割り切れない。
どうしても、男性に対する少しの恐怖心が、表に出る。
手当は仕方ないにしても、本当は少し触れるだけで動揺してしまう。
ただ……最初のパートナーで、似た者同士のヤヒロさんになら、少しだけ、気を許せる。
安心感ではないが、お互いに支え合えていると思える。流石に友人と同じようにはいかないが。
『(たまには、歩み寄りも大事……!)』
意を決し、現在の近侍の元へ、足を運ばせた。