とうらぶ -蓬日和-

□蓬日和 前日譚
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授業中にもかかわらず、教室……いや、学校中がざわついていた。教師にも留められるような状態じゃない。
それは学校前に停まった、黒いリムジンのせいだった。

『(受験も近いのに、授業を遅らせてどうすんの……)』

窓際の席でわざわざ立ちあがらずとも外が見える。横目でそのリムジンを睨みつつ、困り切った教師に同情する。
クラスメイトは私の近くに群がっており、自習もまともにできない。
リムジンから人が出てきたらしく、より騒ぎが大きくなる。
二次元ではイケメンが出てくる展開なのかもしれないが、現実ではごめんである。
放送が鳴り、教頭が副校長を呼び出す。恐らく出てきた人の対応についてだろう。何にせよ、私には関係ない。

『皆、席に戻ろう。最上級生が動揺してちゃ、下級生に示しがつかないよ』

はーい、と残念そうな声を発して、各自席に着く。そして授業再開か、と思った瞬間、教室のドアが開く。
担任が血相を変えて、やや走り気味だったのか、息を少々切らしていた。そして止めの一言を発した。

「日高。副校長からの呼び出しだ。帰宅準備を整え、会議室に来るように」





『さにわ……ですか』

「流石に、ご存じありませんでしたか」

目の前で姿勢正しく、ソファーに座している男性を伺うと、張り付けたような笑顔を浮かべていた。
……怪しい。感想はそれだった。口にはしないが、もの凄く胡散臭いと思っている。
相手から敵意は感じないが、かといってこちらに全てをさらけ出しているわけでもない。
私はわざと警戒心を剥き出しにしていた。

「審神者というのは、“眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者”です。……今、日本はかつてない危機にさらされています。
歴史修正主義者と呼ばれる者が、日本の過去にさかのぼり、歴史を改変しようとしているんです」

『歴史は、仮に小さな修正だったとしても、時の経過につれてその歪みを大きくさせる。
それは国がどうしたところで止められない。できるのは審神者のみ……というところですかね』

「ご明察です。政府は審神者適性者を探し出し、協力を要請しています」

『……まさか、私も適性者とかそういう話ですか……?』

男性は今日一番の笑顔で応じた。完全に退路が無くなった。





その後男性から話を聞き、審神者について詳しく聞いた。今からしなければならないこと、今後の生活について。
全てを理解できた自信はないが、頭を打たれたような事項が一つあった。

『――ということで、急ではありますが、転校することになりました』

「え、急すぎる!!」 「いいんちょー!!」 「千穂ちゃん、説明不足……」

『うーん、私も詳細は知らなくて……。青田買いされた!って感じ?誰かに手紙出すから!』

「日高さん居なくなったら誰が皆の勉強の面倒見るの!?」

『自力でなんとかできるのが一番です!先生、あとは頼みます!』

「任せとけ!必ず皆を第一志望に合格させてやる!!」

などとわいわい騒いだ後、私は学校を去った。
実は、私があの人と話をする前に、既に全ての手続きが終わっていた。
あちら側には、そもそも断らせる気が無かったということである。





慣れないリムジンに乗せられ、よく知らない道を移動する。

「そう固くなられずとも、大丈夫ですよ。人によってはふてくされた様子の方もいるくらいです。
貴女は適性者の中でも良い方に部類されると思います」

『好きで固くなっているのではありません。流石に国の重鎮に会うとなれば、緊張して当然でしょう』

「今の時代には珍しく、心が澄んでいらっしゃる。貴女は優秀な審神者になりますよ。保証します」

荷物は既に、転居先に送られているらしい。親への挨拶もできなかったことに、悔しさが募る。

『(別に私じゃなくても……)』 ―別に俺じゃなくても……―

自分以外の誰かの声が聞こえた気がした。





「適性者を連れてまいりました。さあ日高さん、ご挨拶を」

『日高、千穂と申します』

和服を着た老人男性が、品定めするかのように見つめる。不快ではあったが、私も目線を逸らさなかった。
すると老人は口角を吊り上げ、持っていた扇を開いた。

「うむ、違いない。でかしたぞ」

「はっ。日高さん、私は外に控えております。終わり次第、またご案内させていただきます」

彼が退室してから老人と話をした。
審神者についてだが、男性が今の審神者のシステムについて話したとすれば、老人が語ったのは審神者の歴史だ。
日本は古から神道を基盤としていた。理解には難くない。

「それでは千穂よ。そなたの勘で、この5つの刀の中から選ぶのじゃ」

最初の相棒、と言ったところ。5本の刀は物言わず、そこにあった。……訂正しよう、普通は聞こえないだけだ。

『……貴方が、私を呼んでいたんだね』

触れた瞬間、刀は熱をもち、光が弾けた。薄汚れた外套に身を隠した青年が現れる。

『はじめまして。未熟者ですが、宜しくお願いしますね』

世界から、呼吸音が聞こえない。そんな感じだった。
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